次の日、ひよこ 5
久紫の背に、ひしっとしがみ付いた小春は、その後、何事かたくさんの言葉を彼へ投げかけたらしい。
「小春さん……私たち、見えてる?」
姉の呆れた声を受け、我に返った小春はその多くを覚えておらず、ただ、正面に向き直り肩に手を置いた久紫を見て、頬を徐々に熱くさせた。 ギクシャクとした動きで、小春以上に顔を真っ赤にした彼は、目を閉じて額を合わせ。 「……分かった。分かったカラ、小春、頼む。ソレ以上、コイツ等の――特に伸介の前で言うナ。冷やかされるゾ」 「ぅ……はい…………」 赤らみのまま頷けば、離される額。 それでも冷めない火照りの気恥ずかしさに視線を逸らした小春は、いつの間にやら来ていた姿に、今更ながら気付いた。 「……よっ」と気まずそうに手を挙げる幼馴染へ、やり取りを見られていたと知っては、挨拶は元より目も逸らせず赤くなるばかり。 これを遮ったのは、近づいてきた涼夏の苦笑。 「ふふ。積もるお話がおありなら、小春さんのお部屋でなさい? 手伝いの方々は人形師様に遠慮して、父様のお部屋には入らなかったのでしょうが、留守は多くても一家の長の部屋。掃除しない訳にはいきませんし。その様なお部屋では満足にお話も出来ない、でしょう?」 促され、こくんと頷いた小春。 対し、久紫は慌てて言う。 「なっ! し、シカシ、年頃の娘の部屋に俺が行っては――」 「良いではありませんか。ナニがあっても、人形師様と小春さんの仲。下衆の勘繰りも通用しませんて。それとも、こんな玄関先で込み入ったお話をされるおつもりですか? 誰が尋ねて来るかも分かりませんのに?」 「ウ……」 饒舌な涼夏に久紫は言葉を失い、次いで小春を見やった。 視線だけで「良いのか?」と問われ、深い意味は在らずとも、更に顔が熱くなるのを感じる。 唇を薄く開き、声を発そうとしても、羞恥と緊張で出せる音もなく。 仕方なしに、肯定だけ頷いて示せば、久紫が少しほっとした様子で頬を赤らめつつ頷き返した。
屋敷の東側に面した小春の部屋の調度品は、窓と小さな鏡台、古ぼけた小さな箪笥が、それぞれ一つずつあるのみ。 押入れを開ければ、布団や葛籠が仕舞われているのだが、それとて大した量ではない。 装飾の類はほとんど在らず、他の部屋や屋敷の広さから考えると、質素極まりない造りとなっていた。 そんな部屋へ久紫を通した小春は、気恥ずかしさから俯き気味となり。 「ホオ……あの時は暇もなかったガ、年頃ノ娘の部屋にしては色気のナイ」 「あの時……?」 気になる発言は他にあったものの、一番不思議に思う感想を問う。 小春の記憶では、久紫を自分の部屋に招いたのは、今回が初めて。 訝しむ瞳で、襖を閉める久紫を見やれば、気付いた彼が頬を掻き掻き。 「ああ。ホラ、小春が倒れた時が在っただろう? 俺が来て、丁度一年経った頃合いだったか……ソノ時に」 「倒れた時…………あ、異人さんが運んで下さった、あの時」 理解が追いついたなら、小春は早速、久紫に向かって頭を深々と下げた。 世話役の仕事を一時的にでも放棄してしまった事は、復帰してから謝罪したものの、屋敷まで運んで貰った事に関しては、礼を言っていないと思い出して。 「あの時は御世話になりました。有難うございます。今日のわたくしがありますのも、異じぅ」 顔を上げた途端、両頬が軽く引っ張られた。 突拍子のない久紫の行動を受け、頬を抓む手に己の両手を重ねた小春は、目を吊り上げて彼を睨みつける。 何を、と問うつもりで。 けれど、相対した片眼鏡の美貌は、小春の言葉を掻き消すほど、冷淡な眼差しを携えていた。 すると今度は、何かしてしまったのかと気になり、動揺から小春の瞳が揺れてしまう。 泣く手前のような顔になれば、ようやく抓まれた頬が開放された。 が、久紫の表情は変わらず、頬も彼の両手に挟み包まれて身動きが取れず。 「小春?」 「ぅ。ひゃ、ひゃい……」 不恰好に上を向かされた顔で返事をしたなら、面白いと意地悪く久紫の柳眉が上がった。 「変な顔ダ」 「! ひ、ひろいれふ、久紫しゃん!」 ちょっぴり涙目になって抗議する。 と、久紫は一転して笑みを優しげなものへ変え、小春の頬を開放した。 これを擦りさすり、久紫の微笑に魅了された小春は、怒るでもなく惚けた顔で彼を見つめた。 くしゃり、頭を撫でられても、されるがまま。 「ようやく、呼んだナ?」 「?…………あ」 言われて、思い出す、いつの間にか久紫へかける呼称が「異人さん」になっていた事。 慌てて口元を覆い隠せば、ずっしり久紫の腕が頭に乗せられ、くすくす笑う声が俯いた上に圧し掛かった。 「本当ニ、小春は面白い。一緒に居て、コウまで厭きない奴も珍しい」 あんまりな発言と扱いに、数秒後れでムッとする小春。 重石から逃れようと動いても、久紫の腕は退けてくれず、段々哀しさが込み上げてきた。 「や、お止め下さい、久紫さんっ! 重いですっ! 首が、痛いっ」 「ヌ? ああ、済まない済まない」 軽い謝罪。 かっと頭に血が昇り、腕が避けられたと同時に久紫を見上げた。 文句を言うつもりで口を開きかけ。 「悪ふざけガ過ぎたな。許せ、小春」 そのまま顎に細く長い指が添えられては、ちゅっと頬に落とされた口付け。 頬を押さえて驚いた小春、次いで沸き起こる、怒りとは別の赤らみから久紫を見やると、黒い裸眼と黒く見える片眼鏡の瞳がふんわり微笑んだ。 「そんな顔をスルものではナイぞ? ココには俺とアンタの二人しかいないんだからナ?」 「っ!」 途端に怒りよりも勝る熱で、顔が茹で蛸色に染まる。 久紫はそんな彼女の頭をくしゃりと撫で、何事もなかったかのように顎を擦った。 「フム。立ったまま話すのも難だろう。さて、俺はドコに座れば良いのヤラ」 横を向く素っ気ない語りを聞き、撫でられた頭のせいで俯き気味となった小春は、少しだけ恨みがましく顔を上げた。 のち、目を丸くする。 何故か、薄っすら赤らむ久紫の頬を見て。 顎を擦っていた手が落ち着かない動きで、口元を隠していく。 そこで小春が察したのは、口付け以降の行動を、本人が一番恥ずかしがっている事実。 ふいに、逸れていた視線が向けられ、交わされたなら、どちらともなく何かを丸呑みしたような表情で目を見開いた。 しばし流れる気まずい空気。 やはり、どちらともなく、逸らされる眼。 小春は俯き気味に、久紫は横へと、赤く染まった顔を流し。 けれど今度はさほど時を要せず、久紫から熱を逃がす溜息が為された。 つられて赤らみの取れた小春は、見上げた先で自嘲の表情を認める。 これに気付き、久紫が苦笑を示した。 「スマン。どうにも勝手が分からんのダ。こう、自分一人が想ってイル分には、ある程度、冷静になれるんだが……相手も――小春も俺のコトを、となると、どうも……な」 続く言葉はこめかみを指で掻いて濁した久紫。 照れている、と小春でなくとも分かる、俯き始めた仕草に少しばかり驚いた。 自分相手に見栄を張っていたのだと知って。 次いで起こるのは、微笑ましいと思う心。 「…………ふふ」 そして、本当の笑い。 「……笑うナ」 赤らんだ頬、作られた怖い顔で、久紫が低く呻く。 対する小春は、口元を両手で隠すものの、肩の震えまでは誤魔化せず。 「す、すみません。え、ええと、座る場所でしたね……ふふ、で、では、こちらへ」 くすくす勝手に漏れる笑みの下、座布団を上座に敷いた小春は、些か剥れた態度の久紫へこれを示した。 表情を変えず、そちらへ座った久紫。 が、すぐに腰を浮かしては座布団を引き抜き、畳に直接座りかけた小春へ、これを寄越した。 自身は胡坐を掻きつつ。 「アンタが使え。そのまま正座しては疲れるダロウ?」 「え……いえ、わたくしはこのままで。久紫さんがお使い下さいませ」 「イヤ、俺はナイ方が楽で良い」 「そう仰らずに。お気持ちは有難いのですが、ここはわたくしの部屋で、久紫さんを招いたのはわたくしなのですから」 「……イイだろう」 座布団の応酬に決着を見た小春は、内心ほっとしつつも、譲ろうとした久紫への申し訳なさから、座布団をもう一つ用意すべきかもしれないと思った。 日中のほとんどを家事に当てている小春には、自室まで通すような相手があまりいなかった。 それゆえ、座布団の必要性を意外なところで考える羽目になった頭は、目の前からひょいと横へ移動した座布団を追っても何も言わず。 誰も座らない四角い座布団を、じーっと見つめること幾許か。 何故か放置されたソレにようやく思考が追いつき、はっとした小春は久紫を見やった。 「久紫さん?」 「フン。アンタが座らないナラ、別に良いだろう? 俺はコッチの方が楽だと言ったのだから」 「…………」 思わぬ応答を受け、呆気に取られる小春。 ムスッとした表情から、座布団が本当に必要ないというのではなく、小春が受け取らなかった事が気に入らないと察せた。 幾ら父譲りの目利きが慕う久紫相手では霞むといえども、分かり易すぎる態度に彼女が感じたことは。 久紫さん……意外と―― 「童みたい」 「ヌ?」 「あ、いえっ!」 ぽつり、漏らしてしまった声。 聞こえなかったのか、訝しむ片眼鏡に小春は慌てて首と手を振り、自分は何て事を言ってしまったのかと後悔した。 己より年上の殿方に、何という無礼な事を――とまで思い。 ……? そういえば久紫さん、何歳なのでしょう? 出会ってより、慕い、想い合う仲にまでなった今の今まで、全く気にしていなかった久紫の年齢。 浮かんだ疑問へ、小春が真っ先にしたことは、久紫へ問う真似ではなく。 先程の非ではない、後悔。 好いた何だの言いながら、その相手に微塵の興味もなかったかのような、情報量の少なさに泣きたくなってきた。 せめて何か、久紫の事で小春が知っている事はないかと探しても、不甲斐ない己を責めるあまり、浮かぶ余裕は見出されず。 自然、俯いた視界の正座を形作る膝の上、置いた手に久紫の手がそっと被さったのを見たなら。 「も、申し訳ございません、久紫さん!」 「は?」 勢い良く下げた頭に困惑の声が届いた。 遅れて、自分の頭の中だけで考えた事を謝っても、久紫に伝わりはしないと理解した小春。 馬鹿な真似をしてしまった、そう思った顔は羞恥に上げられず、どうすれば良いのかも分からず、ただただ目をぎゅっと瞑る。 と、為される深い溜息。 完全に呆れられたと震えたなら、久紫から問いが訪れた。 「小春……もう一度、聞かせてクレ。俺は、ココに居て良いのか?」 考えもしなかったこの問いに、小春の中を巡っていた熱が急速に色を失っていく。 茫然のていで顔を上げた小春は、先にある真剣な面にこくりと頷いた。 「はい……はい、勿論です。当然です。久紫さんは幸乃家で――」 「デハ、なくてだな」 続けようとした口は、手を押さえるのとは別の手を頬へ添えられ、ぐっと息を呑み込んだ。 撫でる動きに赤らみ、擦り寄る視界が傾けば、苦笑が片眼鏡の双眸に表れた。 「俺が聞きたいのは、玄関でアンタが俺に言った事だ。アンタ自身の意見が聞きたい。俺はドウすれば良いのか――俺に、ドウして欲しいのカ」 「あ……」 我を忘れ、久紫に飛びついた際の事を言われ、増して真っ赤に染まる顔。 けれど、羞恥に背ける真似はせず、逆に膝上の手を片方引き抜いては、頬の手へこれを重ねた。 涙を零すに似た動きで瞳を閉じ、久紫の問い掛けの真意から生じた願いを吐露する。 「行かないで下さい。どこにも。幸乃の屋敷に――わたくしの傍に、居て欲しいのです。幽藍島に帰って来て、最初に貴方の家に行きました。けれど……」 「燃えていた、カ」 継がれた言葉に「はい」と頷きながら、ぞっとする背筋。 あの時は思いもしなかった光景ゆえ混乱し、追いつかずに済んだ感情。 それが今になって小春の芯を冷やしていく。 補うよう、確かに久紫はここに居ると示すよう、手はそのままに、目を開いては彼をじっと見つめた。 「……それに、違います。久紫さんは、わたくしが久紫さんを気にしていると仰いましたが、逆なのです」 「逆……?」 「はい。わたくしが気にしていたのは、久紫さんの動向というよりも」 添えられた頬の手を膝上の手まで持ち寄り、己より大きな両手を包み込む。 不思議そうな久紫の顔が傾げば、流石に恥ずかしくなった小春は俯いた。 それでも声音だけはしっかりと、久紫に届くよう言葉を発し。 「――貴方の存在そのもの」 「……ム?」 訝しむ応答を聞き、かあっと赤らんだ頭は浮かんだままを口走る。 「不安なのです。ふと目を離した瞬間、久紫さんがいなくなってしまったらと。……久紫さんは喜久衛門様同様、異国の地を踏まれた経験がございます。ですから、尻込みなぞせず、行こうと思えばどこへでも赴かれましょう。けれどそうなっては、追える自信がわたくしにないのです。本島ですら行動のまま為らない己が、遥かに広いと音ばかりが届く大陸など……いいえ、追ってしまっては、一生会えなくなってしまうかもしれません。迷子が母親を探して動く度、すれ違ってしまうように」 「……ソノ場合、迷子は俺か?」 「いいえ、迷子はわたくし。母親が久紫さんですっ――――あら?」 照れ隠しと思しき久紫の茶々に対し、真っ向から否定した小春。 だが、顔を上げた矢先、自分の発言に眉根を寄せた。 久紫の手を膝上に乗せたまま、片方の手を口元に当て視線を他方へ向け、何を語ったのか思い起こそうとし。 ぽんっと頭に置かれる手。 膝上から一つ、久紫の手が消えていた事に気づき、惚けたまま彼を見やれば、柔らかい苦笑がそこにあった。 「追って……くれるか?」 「追いかけます。久紫さんの後ならどこまでも」 反射的に、口元の手で拳を作った小春は、勢いを殺さず宣言。 転じ。 「あ、けれど、無闇に追っても会えない気がしますから、ここはやはり人の網を張って、目撃情報を元に、久紫さんの行動を予測する必要がありますね。人を雇えるほどの蓄えはございませんが、父様の名をお借りすれば、気にかけて頂けるくらいなら出来るかもしれません。ああ、でも、有力情報には、やはりそれなりの金子が必要に」 「クク……こ、小春。俺はマダここに居るのだがな? 大体、報奨金ナゾ、俺は賞金首か何かか?」 「え、あ……す、すみません」 ご指摘はご尤も。 恐縮して気恥ずかしさに俯く小春に合わせ、久紫の手が髪を伝って離れてゆく。 残る寒々とした感触に、自然と目が久紫の指を追った。 途中、こちらを見つめる裸眼と片眼鏡の双眸を知っては、釘付けとなり。 「いや、俺もアンタの事を言えた義理ではナイな。……小春? 俺もアンタの傍以外、居たいと思う場所はないんダよ」 「では……ここに、わたくしの傍に……わたくしがお傍に居ても?」 訴えかけたなら、丸くなる瞳。 次いで傾いだ頭は揺らぎ、程なく手を支えにしては、隠せぬ笑いを携えた久紫が、ちらりとこちらを見やって言った。 「アア。勿論だとも。イヤしかし……小春は本当に面白いナ?」 「? 何が――」 不思議な言い様に小首を傾げた小春へ、笑いを引っ込めた久紫は溜息混じりに吐き出した。 「前提に、俺が出て行くトコロが。……昨日、確かに俺は言ったんだがナ。ココ以外、行くところナゾないと。だというのに、そんな前提を作り上げ、しかも追いかける選択をして。実に、回りクドイ」 「う……」 至極正しい指摘を受け、小春の頭が僅かに沈む。 見つめる久紫は、またも表情を苦笑に変え、未だ小春の膝上にある己の手を握る。 拍子に指の数本が内に包まれ、小春は久紫へと目を向けた。 柔らかい眼差しに魅入られたなら、そっと両手が持ち上がり、久紫のもう一方の手が下からこれを支えた。 「小春。アンタが望む限り、俺はココに居よう。アンタの傍に、幸乃の家に」 一度切り、口をまごつかせた久紫は、一変、酷く冷め切った瞳で小春を射た。 「だが、憶えていて欲しい。アンタが望まなくても、俺はココに居るつもりだ」 「久紫、さん……?」 揺るがぬ視線、凪いだ心に反する、凄烈な光。 たじろいだ小春の喉がごくりと鳴っても、久紫は絡めた視線を捕らえたまま。 「ドウもアンタは疑り深くて困る。……コノ際だ、はっきり言っておこう。小春――」 低く、冴えた音色に呼ばれ、小春の眼が滲んで揺れる。 責めの重みに似た空気を知り、息が詰まったなら彼は言う。 「俺には、アンタを手放す気はナイ。傍に居ても良いかトアンタは尋ねたが、そもそも、其処から違うんだ。小春……当たり前なんだよ。傍に、なぞ。小春はモウ、俺の女なのだから」 「っ!」 冷めた双眸のまま告げられた熱情。 受けた小春は、恐れとは違う動揺で身じろいだ。 畳み掛けるべく、久紫は続ける。 「アンタは俺のモノだ。誰にも渡さない、俺の愛しい人……だから頼む。今更、他人行儀に傍に居て良いノカと尋ねないで欲しい。それとも、そんなにも俺は、信用ならナイのだろうか?」 「あ……ぅ、く、久紫さん……」 「答えロ、小春……」 決して強くない、両手の拘束。 振り払えば、簡単に逃れられるというのに、真っ赤になった小春は、瞳の色はそのままに甘く囁く久紫から逃れられず。 そんな彼女が出来た事といえば、首を振ることだけ。 「……信用出来ナイ、か?」と再度問われた答えにさえ、一層激しさを増した動きで、首を振り続け――
明けての昼下がり。 今日も今日とて惰眠を貪った姉は挨拶がてら、廊下の向かいからやって来た未来の義弟をどつくと、細い顎をくいっと彼の後ろへ滑らせた。 「ちょいと、人形師様。昨日は随分、よろしくやってたみたいだけど?」 そういった接客業でもあるまいに、にたりと意地悪く笑う顔つき。 対し、怪訝に眉を顰めた人形師は、彼女の示した方向を見、別の意で眉を寄せた。 困惑と恥じる狭間で。 「アア……イヤ、アンタが勘繰るようなことは何もナイさ。只、野暮な事は言うナと釘を刺したダケだ」 「その割に小春さん、ひょこひょこ貴方の後を着いてきているじゃないの」 「うん……まあ、ナンだ。ソノ辺は…………小春にしか、理由は分からんのダロウな」 言って、人形師と姉が同時に見やった娘は、すぐさま誰も居ない、己の背後を振り返る。 これを知り、なんともなしに顔を合わせた人形師と姉。 どちらともなく苦笑を示しては、まるでひよこだと感想を小さく交わす。 そんな二人から少しばかり離れた位置にいる娘は、顔を前に戻すと、通り過ぎる姉に微笑みかけ。 人形師が歩くのを目の端に捉えれば、慌てた様子でその姿を追っていき。
それから数日間、似た光景は続いていった。 |
あとがき
「次の日、ひよこ」、これにて終了です。
何を書きたかったかと言えば、突き放さないで、という場面。
追記前に起こったことですが、実はこれ、追伸の時にはもう出来ていた話だったりします。
区切りを考えて切ったモノに、色々くっつけたのが、今回のお話です。
題名のひよこ、最初は久紫だけのつもりでしたが、最終的には小春も含まれてしまいました。
本編でもそうですが、この二人、結構似ているんじゃないかと。
まあ、小春さんは天然腹黒系で、久紫は純真偏屈なため、全く同じではありませんが。
兎にも角にも、ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
「次の日、ひよこ」、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
2009/10/11 かなぶん
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