「俺、お前のこと好きなんだよ」
 人生で五度目の告白。
 その結果は――――

 

成丈

 

 季節は初夏ほど近く。丁度昼時の緑王高校2年A組にて。
「小路ぃー、ちょっといいかぁー?」
 三上小路が名前を呼ばれたのは、丁度好物の冷凍コロッケを口に頬張った時。
 箸を咥えたままで、待てと呼んだ相手に手の平を見せる。
 相手といえば小路のサインなど気にもせず、ずかずかこちらに来て、前の椅子に腰を下ろす。
 べったりと頬を下に小路の机に突っ伏した。
 一連の様子から、この眼前の輩が相当ショックを受けているのを理解する。
 理解はするが、今は昼飯時だ。
 全く動かない相手を心配する様子もなく、小路は加えたままの箸を手に収め、もぐもぐ十分咀嚼してから飲み込んだ。
 次は何を食べようか、ああこの玉子焼きなんか良さそう。
 ぷすっ
 箸で刺した玉子焼きはふんわりした感触。
「……お前、話聞く気ないだろう」
 恨みがましい声に視線を移せば、突っ伏したままこちらを睨む顔。
「成丈君。今はお昼時だよ。食事に全神経使って何が悪い」
「あのなぁ、仮にも天下の幼馴染様が、こうして項垂れてんだ。少しは心配の一つでも、って、食うな!」
 バシンっ、と両手で元気よく机を叩く篠宮成丈。そんな彼をキョトンとした顔で見ながらも、小路は玉子焼きの味を愉しむ。

* * *

 幼馴染の篠宮成丈、彼のことを小路はそこそこの良い面だと、冗談抜きで思っている。
 短めの髪に多少鋭い三白眼だが、反して性格は明るくイイ奴だ。
 背格好だって部活動の陸上が効いてて、なかなか良い感じに引き締まっている。
 そんな彼の話にまともに付き合ってやれたのは、放課後の保健室掃除の時だった。
 いや、小路自体はもう、話は終わったとばかり思っていた。
 「幼馴染より飯が大事か!」と問う成丈に、「当然」と答えれば、「覚えてろ!」とどこかで聞いた台詞を吐いて走り去ってしまったのだ。
 まさか執念深く、保健委員で今日掃除当番の小路の下まで、わざわざ部活を抜け出してくるとは。
 「で、成丈君よ。君は一体何をしたいんだい?」
 箒の先端に顔を乗せ、面倒臭そうな声音を十分出し切って、小路が尋ねる。
 なんとなくは分かる。
 分かるのだが、正直、あまり聞きたくはない。
 小路の背は成丈より頭一つ分、小さい。
 が、今現在ちりとりを持ち、小さな箒でしゃかしゃかゴミをかき集める成丈は、小路より更に小さく見える。
 やる気のない問いにビクンッとその背が震える。
 おいおい頼むよ、成丈君。
 ここまで来て言わない、というのもありえる。
 なにせ幼馴染の成丈君だ。
 こいつがどんな奴かは長い付き合い、結構分かるもの。

 

 ――――こいつ自身はどこまで自分のことを分かっているのか。

 

 知らず知らず、大仰な溜息が口をつく。
 これをどう思ったのか、尚もちりとりに励む成丈は、
「…………れた」
「んー?」
 小さな声にやる気のない応答。
「だからっ、フラれ……たんだよ……」
 成丈の目線はちりとりに釘付けされたまま、耳まで真っ赤に告白する。
 やっぱりか。想像通りの展開にまた溜息をついた。
「それで、たかだかフラれた程度で私のところに来た訳ですか? なんだ? 私は君のお母さんか?」
「なんで親にこんな話っ!……いや、そもそも原因はお前にあるんだよ!」
「はあ?」
 どこの某さんに告白したのも知らないというのに、突然降りかかる怒鳴り声。
 正直ついていけない。
 今までにも何度かフラれたのを告白されてきたが、今回のようなケースは始めてである。
 なにせ、知らないところで自分が影響を及ぼしているのだから。
 まるで寝耳に水の、半分八つ当たり染みた声に、途方に暮れていると、
「俺とお前が、その、なんだ……そーいう関係だ……とか」
 言ってどんどん小さくなる背中。
 小路の頬が少し引きつる。
 そーいう関係? って、つまり――
「お前が……そんな格好しているから」
「格好って?」
 小路は己の格好をグラウンドに向けられた窓を通して見やる。
 身長も横幅も成丈より小柄な体。
 成丈より長いが髪はショートの範囲内。
 身を包む青いブレザーは若干大きめだが、校則違反ではないはずだ。
 ああ、なるほどと内心では納得と溜息をし、
「変かなぁ?」
「そういう問題じゃない! 大体お前と並ぶと碌な目に合わないんだ」
 ちりとりのゴミをゴミ箱に掃いて、掃除道具の棚にしまう成丈。
 ほれ、と手を差し出され、寄りかかっていた箒を渡した。
 碌な目に合わない――確かにそうかも知れない。
 休日に偶然会う時、成丈が女友達と一緒だったりすると、かならず成丈が彼女らから言われる言葉がある。

 

「あの子、弟? 紹介してよ」

 

 それが大抵成丈のストライクゾーンを行く女の子だから、堪らない。
 絶対あの後うまくやるつもりだったよなぁ。
 決まって複雑な胸中に陥る小路の顔立ちは、まさに中性的な美少年といったところ。
 これで外見を逆手に花のように笑えば、もっと寄り付こうものだが、小路の無表情は筋金入りである。
 大体、女の子に興味ないし……
 ちらり、女の子と変わらない背丈の自分より、遥かに高い逞しい背中を見つめる。
 だからといって男全般に興味があるわけでもない。
 自分の言葉に傷ついたのか、成丈は静かに閉めた掃除棚に頭を寄せる。
 周りの不幸を一身に背負ったような姿に、やれやれと肩をすくめる。
 しょうがない、ここは一つ付き合ってあげましょうか、幼馴染として。
 最後を内心で強調させ、言い聞かせながら。
「まあまあ、凹んでないで成丈君。今日は付き合ってあげるから」
「こうじぃー。持つべきものは幼馴染だなぁー」
 幼馴染を強調し涙のない泣き顔を浮かべ、両肩に手を置いてくるのをちょっと殴りたい衝動に駆られながら、呆れ半分浮かべ小路は思う。
 興味あるのは一人だけ、なんてまだまだ言えない。
 ぽんぽん。男泣きのフリをする幼馴染の肩を優しく叩いてやる。

 

 その日の晩、兄から電話が来るまで、自室で本当に泣いた鬱陶しい成丈少年の背を小路は優しく叩いていた。

 

 

 篠宮成丈の幼馴染で友人の三上小路は、ひっそりと成丈に好意を抱いている。
 今はまだ観察程度。
 花の17才。
 何を隠そう、三上小路は列記とした女である。

 

 


あとがき
三上家は公認の貧乏さん。なのでブレザーは小柄な兄のお下がり。

2007/11/14 かなぶん

修正 2014/5/31

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