桃色計画発動中 

 

 むかぁしむかし。

 あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。

 おじいさんは山で柴刈り、おばあさんは川で洗濯をするのが日課でした。

 そんなある日のこと。

 今日も今日とておばあさんが洗濯をしていると、川上から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと、やたらと巨大な桃が流れてくるではありませんか。

 その大きさたるや、人一人、入っても有り余るほど。

「はぁ〜……大きい桃さねぇ。じいさんにも、見せてやりたいくらいだわい」

 とはいえ、こんな馬鹿でかい桃、おばあさん一人で川から引き上げられる訳がありません。

 しかも、毎日洗濯に使っているこの川ですが、大きな桃が流れられるほどの川幅と深さのある急流なのです。

 水中に柵を作っているため、洗濯物が流れてしまう心配はなくとも、入るのは自殺行為でした。

 なので、おばあさんは桃が川下まで流れてゆくのを見ているだけ。

 おばあさんにしても、おじいさんにしても、桃は好物ではなかったので、残念に思う気持ちはありません。

 たとえ好物だったとしても、あの巨大さでは、簡単に腐らせてしまう自信がありました。

 孫たちへ配るにしても、労力やらその他諸々、考えるだけで胃に穴が開きそうです。

 売るにしてもあの大きさでは、味とてきっと、水っぽいばかりで美味しくないに違いありません。

 珍しいと見世物にする手が浮かばないこともありませんでしたが、そういうのは人通りのある都ら辺で行うべきこと。

 おばあさんたちが暮らしている村は、今の若者にとって、往復するのに大変な場所にありました。

 巨大とはいえたかが桃、そんな労苦を重ねてまで見に来る好き者は、決して多くないでしょう。

「おっと、洗濯洗濯」

 桃が完全に見えなくなってから、自分のやるべき仕事を思い出したおばあさん。

 夕飯時の話のタネはコレに決まり――と思ったのも束の間、あんまりにも突拍子がないため、おじいさんは信じてくれないかもしれないと溜息をつきました。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、とある町のとある研究施設――と銘打ったボロ家屋。

 暗い室内で、白い着物を身につけた、ちょっぴりやさぐれた女性が目を覚ましました。

 時刻は夕方。

 彼女の生活サイクルは完全夜型なので、今が丁度おはようの時間です。

「んー……ねむ」

 起きて早々、口にする台詞は大いに間違っていますが、そう言った彼女は首を横へ振り、腕を左右交互にぐるぐる回します。

 木製の机に突っ伏して寝ていたので、身体の節々が軋みました。

「はぁ……ら、減ったな」

 どっこらせ、と立ち上がった彼女は、ほどよくとっ散らかった薄暗い部屋を、器用に進んでいきます。

 襖を開け、どんよりした廊下を通り、ガラス戸で仕切られた土間に降りては、食材が保管してある床下貯蔵庫の蓋を開けました。

「……ありぃ? 買い溜めしたと思ったんだが……まあ、いい。買い物に行くか」

 暗いだけの空間をさっさと閉じた彼女は、そのまま裏の勝手口から出ようと、戸を開け。

「うおおっ!?」

 大きく仰け反りました。

 何せ、戸の向こうには珍妙な物体があったのです。

 それは、おばあさんに見送られた、あの大きな桃でした。

 けれどそんなこと、彼女が知るはずもありません。

 一通り、心の中で混乱して後、彼女は夕陽に碧く煌く瞳を細めます。

 横は勝手口からはみ出しているため、よく分かりませんが、夕陽を浴びた頭頂部分と、甘ったるい匂いで結論が出ました。

「も、桃?…………一体、誰が」

 意図的な不気味さを感じ、触れるか触れまいか迷う彼女。

 と、桃のちくちくする肌に、何かが貼られているのに気付きました。

 恐る恐る触れた感触は紙で、金色の髪を輝かせる夕陽を背にして、中を開いてみます。

 どうやら、町人から、彼女への手紙のようでした。

 一番最初に、鬼様江、と宛名書きがされています。

 鬼というのは、彼女の外見を指して言われてきた名称です。

 金髪碧眼の彼女は、周りが黒髪黒目しかいない町で、そういうあだ名で罷り通っていたのです。

 しかし、これが原因で虐められた、という覚えのない彼女にとっては、どうでもいい話。

 元々、彼女の名字が鬼瓦(おにがわら)であったため、ただのあだ名として受け取っていました。

 町人も、両親共にこの町育ちの鬼瓦さんとは、幼少の頃よりの長い付き合いなので、特に騒ぐことなく至って平和です。

 時折、古い御仁が彼女相手に祈祷したりしますが、効かないと知るや、とても残念そうに何度も何度も鬼瓦さんを振り返り、溜息を付いては帰っていきます。

「えー……川で拾いました、町は大騒ぎです、どうにかしてください」

 棒読みで鬼瓦さんは手紙の内容をなぞりました。

 秀麗な文字は、町長さんのモノと分かりましたが、文章が端的過ぎて意味がよく分かりません。

 ただ、町の大騒ぎっぷりだけは、よく伝わってきます。

「……この桃は川から来た、と。まあ、こんだけ大きいから大騒ぎも分かるが……どうにかってことは、調べて欲しいってことか?」

 自分なりに読み解いて、鬼瓦さんはふむ、と振り返り、佇んだままの桃を見ました。

 実は、結構頭が良かったりする鬼瓦さんは、町で厄介事が起こると、しばしば解明を依頼されるのです。

 本人の了承もなしに。

 迷惑甚だしいことこの上ありませんが、解明した後で厚遇されることを知っている鬼瓦さんとしては、引き受けないわけには行きません。

 とはいえ、こんな戸口に置かれても運べません。

 玄関のサイズも勝手口より少し大きい程度。

 第一、頭脳明晰な鬼瓦さんだろうとも、得体の知れないブツを家に上げるのは真っ平御免です。

 ううむ、と一つ唸った鬼瓦さん。

「おおっ、その手があった」

 ぽむっと手を叩いては、そそくさ廊下へ戻ります。

 

 

 

 そうしてすぐ、土間へやって来た鬼瓦さんの手には、ふてぶてしい雉の入った鳥かごがありました。

「さあ、キジ。ご飯だ。喰え」

 言って鬼瓦さんは、桃に向かって鳥かごの扉を開けました。

 目つきの悪いキジは、ばさっと桃に向かって飛び――つきません。

 かといって、逃げもせず、土間の土をほじくります。

「おーい、キジ。今日のご飯は桃だぞぉ。食べてみろ。旨いぞ、たぶん」

 憶測で促しても、キジは鬼瓦さんを見もせず、土を足で掻いたり、嘴で突っついたりするだけ。

 目論見が外れた鬼瓦さんは、頭を掻いて、また廊下へ。

 その後姿を、いじけた視線で見送るキジのことなぞ、露知らず。

 

 

 再び土間へやって来た鬼瓦さん、今度は箱を持ってきました。

 足元のキジをよったよったと避け、置いては蓋を開けます。

 中に居たのは、なんともやる気のない猿。

「さあ、ゴクウ。ご飯だ。喰え」

「うきゅ」

 短い返事を面倒臭そうにしたゴクウ、まるで湯船に浸かるような動きで箱を出ていきます。

 だらしなく尻を掻き掻き、桃の前に来ては、甘ったるい匂いを嗅ぎます。

 そのまま舌を出してべろり舐め。

「ぎっ」

 桃のちくちくする毛にやられてしまったようです。

 両手を口に突っ込んで、舌を掻いています。

「……ゴクウ」

 確かこの名前は、桃と何かしら縁があったはずですが、あまり意味を為してはくれなかったようです。

 鬼瓦さんはちょっぴり、自分のネーミングセンスに疑問を抱いてしまいました。

「……はあ」

 溜息を付きつつ、柔らかい布でゴクウの舌を優しく拭いてやる鬼瓦さん。

 ゴクウも先程までのオヤジっぽさを忘れ、うるうる縋るような目で彼女を見つめています。

「これでどうだ?」

 尋ねれば、舌に触れたゴクウが身体を折ります。

 大袈裟な頷くポーズに鬼瓦さんが笑い、ゴクウの頭を撫でました。

「さて……残るはアイツしかいないか」

 立ち上がった鬼瓦さんは、足元をうろうろするキジを踏まないよう、また廊下へ戻っていきます。

 振り向きもしないので、土間の空気が張りつめたことも知りません。

 

 

「ほら、ポチ。おいで」

「わんっ」

 くるんとした尻尾の犬を伴い、三度土間へやって来た鬼瓦さん。

 桃のところへ向かおうとした矢先、羽根が散らばっているのに気付きました。

「キジ……またお前か」

 呆れ返った目で見れば、土間の隅に居る、毛羽立ったキジがそっぽを向きます。

 次いで鬼瓦さんは、かまどに座るゴクウへ、コツリ、ノックするような拳骨を加えました。

「ゴクウ、駄目だろう。キジはお前と同い年なんだから。仲良くしろとは言わんが、喧嘩はしない」

「きっ」

 ぷいっとそっぽを向くゴクウ。

 鬼瓦さんはやれやれと首を振り、ポチを手招いては、茶色の毛並みを撫で撫で言いました。

「う〜ん……ポチは犬だからな。肉の方が好ましいんだが……桃は植物で甘いし……かといって、私が食べるのは、なぁ?」

「わんっ」

 ポチが張り切った声で鳴きます。

 逡巡する鬼瓦さんですが、頷いては桃を指差しました。

「よし、頼むぞ、ポチ!」

 ノリノリで言えば、ポチはがぶり、皮ごと桃を食べます。

 これを頼もしく見つめる鬼瓦さん。

 他の二匹は、ポチの雄姿を妬ましげに見つめています。

 

 実はこの三匹、自称・学者の鬼瓦さんが飼っている、実験動物だったりします。

 ただし、鬼瓦さんから実験にかり出されたことは、一度たりともありませんでした。

 かといって、普通に飼われ始めたわけでもありません。

 鬼瓦さんが師と仰いでしまった、後にとんでもないと分かった学者が、勝手に鬼瓦さんへ遺した動物たちでした。

 悪の権化らしい死に方をした輩の持ち物なぞ、本当は引き受けたくありませんでしたが、鬼瓦さんは情に弱い一面がありました。

 粗悪な環境下、健気に生き抜いた彼らを見て、全部引き取ったのです。

 最初の数は二十。

 種類は全てバラバラ。

 内二匹は壮絶な最期を遂げてしまいました。

 残りの十匹はある日忽然と姿を消し、最後の五匹は半野良生活中。

 そうして鬼瓦さんの下には三匹だけが残ったのです。

 ならば何故、そんな彼らに得体の知れない桃を喰わせようとしたのかといえば、偏に彼らの身体が丈夫、且つ、桃の匂いが美味しそうだったからです。

 好物とまではいきませんが、鬼瓦さんは桃が好きでした。

 というより、桃の果実酒が好きでした。

 駄目なモノなら即行で吐き出す彼らの、備え付けられてしまった機能は、鬼瓦さんの大いなる野望を叶えるのに、必要不可欠なのです。

 すなわち、巨大な桃で、たくさんの果実酒を作り、毎晩ちびちびやる、という。

 

 夢に頭を汚染され、トリップしていた鬼瓦さんでしたが、はっと我を取り戻し、まだ咀嚼音を奏でるポチへ声を掛け。

「ストップだ、ぽ……ち?」

 ぴしり、動きを止める鬼瓦さん。

 対するポチは、言われた通り食べるのを止め。

「はいっ」

 元気良く、返事をしました。

 …………あ、れ?

 鬼瓦さんはしばらくのーみそが停止してしまいました。

 犬といふ生き物は、身体の構造上、人と発声の仕組みが違うはず。

 それなのに。

 嗚呼、それなのに、それなのに。

 ポチを止めようと呼んだはずの応答が、どうして人の声で、それも元服して間もない少年のような音色を奏でるのか。

 理解が遅れます。

 しかも、目で見たポチの居た場所には、真っ裸の少年が居ます。

 かなり愛くるしい顔立ちです。

 でも、裸です。

 ポチによく似た、薄茶色の短い髪には、ぴんと張った三角の見慣れた犬の耳。

 くりくりした真っ黒いお目めは、一心に鬼瓦さんを見ています。

 犬で言うところの、お座りの姿勢をした背後では、くるんと巻いた尻尾がぱたぱた振られています。

 でも、やっぱり裸なので――――

「…………ちょ、待て。今、何か着る物を持ってくる」

 理解したくはありませんが、鬼瓦さんの素晴らしい頭脳は、彼をポチと認識してしまいました。

 となると、今度は格好をどうにかしないといけません。

 鬼瓦さんはまだ混乱冷めやらぬ頭を抱え、衣類を探しに行きました。

 

 残る二匹の眼が、不穏に輝いていたことを、察知する余裕なぞなく…………

 


UP 2008/12/15 かなぶん

修正 2008/12/17

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