桃色計画発動中 

 

 襖を背に静まり返った室内。

 三対の瞳が鬼瓦さんへ向けられていました。

 刺さるようなソレへ、鬼瓦さんは嘆息を一つ。

「……で、だ。奴がいなくなったところで、各々の話を聞いておきたいんだが」

「鬼瓦」

「はい、キジ。発言する際は挙手をするように」

 澄んだ低音の派手な頭のキジへ、鬼瓦さんは指を差してやり直しを要求します。

 少しばかりムッとした様子のキジでしたが、溜息を吐いては小さく手を上げました。

「はい、キジ」

「……良いのか? アレに誰かを付けなくとも。奴は……あの女の」

 ギリッ……と小さく、キジの歯が鳴りました。

 続かぬ言葉の意は十分汲める鬼瓦さん。

 キジの下へ近寄っては、頭をくしゃりと撫ぜてやります。

 びくっと反応するキジですが、逃げる素振りはありません。

 おー、さらさらした髪だ。

 見た目の派手さに似合わない手触りを楽しむ鬼瓦さんは、赤らんだキジの頬も知らず、長い髪をひと掬い、するり、零れる感触を面白がりつつ。

「お前の言いたい事は解らんでもないが、正直なところ、私はモモの奴がどこぞへ消えようと知らん。それより問題なのは、お前たちだ」

「俺……たちが?」

 鬼瓦さんの言葉に反応し、不安そうな表情が上がりました。

 ポチなら尻尾、ゴクウなら動作で感情を推し量れるものの、キジはふてぶてしさが前面に押し出された鳥。

 てっきり感情表現が苦手だとばかり思っていたので、鬼瓦さんはキジの繊細な変化に内心で感動を覚えました。

 勿論、表には出さず、代わりに小首を傾げます。

 先程から、何やら違和感があったので。

「……キジ? お前、目がよく見えていないのか?」

 こちらをじっと見つめるキジの冷めた瞳。

 映す先には、一応鬼瓦さんがいるものの、焦点がちょっと合っていません。

 何らかの副作用だろうかと、他の二人へ視線を巡らせたなら、目をぱちくりさせるゴクウとポチに問題はなく。

 そういえばキジだけ、先程寝かせていた場所から動いていません。

「ふむ?」

 膝立ち、キジの顔を両手で上向かせ、至近で眺める鬼瓦さん。

「お、鬼瓦?」

 見る見る内に染まる頬は余所に、鬼瓦さんはキジの下瞼を伸ばして眺めます。

「……ああそうか。キジは雉だから鳥目なのだな? これだけ近くで視線を合わせても私を捉えきれていないとは……問題はないか、キジ?」

「問題……山ほどあると思うのだが」

 尋ねる鬼瓦さんに対し、ふいっと顔を背けたキジ。

 素っ気ない行動に鬼瓦さんは頭を掻き、正座するキジの真正面に膝を詰めて座りました。

「っ、お、鬼瓦、何のつもりだ?」

「何のつもりも何も、他の奴らがこちらを向くのにお前だけ他方を向いているのは居心地が悪い。という訳で、ここで話すからそのつもりで」

「なっ」

 覗き込むようにして宣言したなら、怯んだキジが手をばたつかせて移動しようと試みます。

 そうはさせるかと鬼瓦さんは鋭い一声。

「ゴクウ、ポチ、キジの両隣に」

「はいっ」

「へーい」

 応じた二人は、両側からキジの足を固定し、強制的に腕を組みました。

 これで自由が利かなくなってしまったキジは、つんのめるようにして首を伸ばすと、左右を睨みつけます。

「お前ら」

「申し訳ありません、キジの兄貴! でも、ボスの命令は絶対なんです」

「まあまあいいじゃねぇか、キジちゃんよぉ。鬼瓦のネエチャンのお話、聞いて損はねぇだろ?」

 ……ネエチャン?

 言葉の響きは野太い声に合っていますが、これが今まで可愛がってきたお猿さんの言なのかと思うと心境は複雑です。

 ボスに、呼び捨てに、ネエチャン、か……

 なんともなしに、哀愁漂う吐息を零す鬼瓦さん。

 仕切り直し。

「さて、落ち着いたところで」

「落ち着けん!」

 がばっと顔を上げたキジにより、いきなり話の出鼻を挫かれた鬼瓦さんは、きょとんとした表情を浮かべます。

 次いで、そ……とキジの顎を指だけで上に向かせました。

「キジ……人が話している時は、大人しく聞くのが礼儀だぞ? 特に、今のお前たちは人間の姿なんだ。我が侭を言ってはいけない」

「ぐっ…………」

 何か言いたそうに呻いたキジ。

 けれど早々に諦めた様子で、力なく「分かった」とだけ言いました。

 鬼瓦さんは「よろしい」と頷き、わしゃわしゃキジの前髪を撫でます。

 見た目、年上のキジに対して行うべきではありませんが、鬼瓦さんの中では、どんな変化があってもキジはキジです。

 引き取ってから、鬼瓦さんなりに大事に育ててきた雉なので、今更扱いを変える気にはなれません。

 何より。

 うーん……やはり良い手触りだ。

 完全夜型生活が長いせいか、パサついた髪質の鬼瓦さんにとって、キジの髪は何度でも梳きたくなる魅力がありました。

 結ったらどんな感じになるかな?

 自分の欲望にだけ忠実となった鬼瓦さんは、キジの身体が硬直していることに全く気づきません。

 そこへ、ポチが挙手しました。

「はい、ボス!」

「なんだ、ポチ?」

 鬼瓦さんの顔と声はポチの方を向きます。

 しかし、お団子頭を作るべく、キジの頭に陣取った両手は、その間にも動き続けていました。

 そんな手を、ポチは物欲しそうな顔で見ます。

「キジの兄貴ばっかりズルイです。俺も撫でてぎゅっとして欲しいです」

「…………ナデ……ギュッ?」

 何を言ってるんだろう、と鬼瓦さんは思いました。

 現在、ポチの姿は元服したての少年です。

 ピンと張った三角耳や尻尾はあっても、見た目いたいけな少年にそんな事は出来ません。

 ……とまで考えた鬼瓦さん。

 この時になってようやく、キジもポチと同じ状況だったと思い出しました。

 自分を棚に上げれば、キジの配色はとても珍しいので、完全に珍獣扱いだったようです。

 しかも、ぎゅっとポチが言った通り、髪を結い上げようと動いた腕は、キジの頭をぎゅっと抱き締めており。

「……キジ?」

 今頃になって固まった身を知ったなら、小さく呼びかけました。

 けれど反応がありません。

 どうしたのだろうと思い、鬼瓦さんはキジの身を起こさせました。

 現われたのは、青か赤か迷う顔色と、すっかり強張った冷めた藍玉の光。

「……も、もういいか?」

 結局青に決めた顔色でおずおずとキジが言いました。

 鬼瓦さんは首を傾げ、ぽんっと一つ手を打ちます。

「おお……って、もしかして、お前、大人しく聞けと言われて、今まで黙っていたのか?」

 これへ柳眉を顰めたキジは首を縦に振りました。

 ……そういやキジ、ふてぶてしい面構えだったが、義理堅いところはあったな。

 ある日の鳥の姿が、冷めた美貌の青年に重なります。

 となると、あまり気安く触れない方が良いかもしれないと鬼瓦さんは思いました。

 キジには他の動物たちより、人嫌いの傾向が増して強い面があったのです。

「そうか、悪かったな。ではこれから先、お前には無闇に触れないよう心がけておこう」

「……は?」

 ぽかんとするキジに対し、鬼瓦さんはくっつけていた膝を拳二つ分開けて座りました。

「お前たちも楽にしていい。各々、好きなところに座れ」

「じゃあ、俺はボスの隣!」

「なら俺もネエチャンの横にすっかな」

 途端、キジ側の二人が、宣言通り鬼瓦さんの両隣に腰を下ろしました。

 ポチは鬼瓦さんの右手を取るなり、自分の頭の上に乗せます。

 ゴクウは胡坐を掻き、残っていた酒をちびりちびりやるだけですが、にやついた茶色の眼は、支えを失って戸惑う風体のキジを肴にしていました。

 そんな二人へ鬼瓦さんは苦笑を零し、正面に一人だけとなったキジを見やります。

「じゃあまず、身体の具合から聞こうか。モモはああ言っていたが、私は全面的に、モモの製作者である姫を信用していない」

 ざっくりと鬼瓦さんが言えば、三人は一様に頷き、順番に自分の状態を素直に述べていきます。

 

 

 

 モモはさておき、鬼瓦宅の面々から全く信用されていない姫。

 彼女から実験動物として扱われていた三人は当然のこと、鬼瓦さんも姫を思い出す度、知らず知らず嫌な顔をします。

 その理由は、姫がある願望を口にしたことに端を発していました。

 

 ――あたくしの夢は、ハーレムを作ることですの。

 

 唐突に語られた言。

 これに対し、鬼瓦さんは目を丸くしました。

 何せ、ハーレムという言葉は、ライオン等の、雄一匹に雌多数で成り立つ群れを示すと記憶していたからです。

 ついでに、これを作ると人間が宣言したなら、自分の周りに女を侍らせると宣言したも同義。

 幼くとも性別・女の鬼瓦さんは、正直、姫の言葉に身の危険を覚えました。

 なにせ、他の女は寄せ付けないくせに、鬼瓦さんは姫のお気に入りだったのです。

 よく頭を撫でられたり、唐突に抱き締められたりされていました。

 金髪碧眼の容姿が珍しかったせいかもしれませんが。

 身体半分、姫からこっそり遠ざかった鬼瓦さん。

 そんな彼女を気にせず見もせず、夢見る姫は更にうっとり言いました。

 ――イイ男たちがあたくしにひれ伏し、骨身を削って尽す様……想像だけでイけそうですわ。

 これを聞いて、鬼瓦さんは身の危険が遠ざかったのを知りました。

 幼くとも性別・女の自分は、無事だと胸を撫で下ろし……

 同時に、姫へ失望の念を抱きました。

 鬼瓦さんは女性の身でありながら、学者として表向き成功を収めていた姫を敬っていました。

 そうして自ら師事を仰ぎ、応じた姫も世のため人のためと口にしていたのに。

 本当の目的は、男を侍らせたいだけ。

 加え、鬼瓦さんを弟子としたのは、彼女の両親に資金援助させるためだと知るに至り。

 ――題して、可憐なる姫の華麗なる桃色計画!

 そんなトリップ絶叫をバックに、鬼瓦さんは姫の元を早々に去りました。

 

 

 当時を振り返る度、離別したのは賢い選択と思っていた鬼瓦さん。

 けれど、関わったこと自体が失敗だったと、元・実験動物たちの具合を聞きつつ、内心で項垂れます。

 いえ、キジたちと関わりを持ったことについては、不満は全くないのです。

 問題は、モモが喋った姫の情報、その目的にありました。

 

 


UP 2010/3/12 かなぶん

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