夕食を終え、団欒の一騒動も終わり、各々が自室で寛いでいる最中。

 扉を叩く音に気づいた里璃は、目的もなく眺めていた雑誌を閉じると、かけていた音楽も消して「はい?」と返事を一つ。

 『失礼します』と礼儀正しく入ってきたのは絶世の美少女。

 里璃に勧められるまま座布団へ座った彼女は、おずおずと一冊のノートを丸テーブルの上に置いた。

『実は、折り入って御相談があるのですが――』

 そんな言葉から始まり。

「……は? 作文?」

『はい、そうですの』

「えっと、テーマは「家族」?」

 幼い顔つきにそぐわない無表情を貫く美少女だが長い付き合い、困っていると分かる表情へ訊ねた。

 すると彼女は今一度居住いを正して頷き。

『はい。御恥ずかしい話ですがワタクシ、作文というモノがどうしても苦手で。そこで里璃御姉様、どうか不肖の妹めに作文の手解きを御願いしたいのです。どうか、どうか、宜しく御願い致します』

「と、トヒテ、引き受けるから土下座は止めてよ」

 深々と下げられた妹・トヒテの頭に里璃は慌てて制止を訴えた。

 

 

ワタクシの家族

 

 

 篠崎里璃、十八歳。

 家からさほど遠くない大学に通う学生で、中性的な美貌の持ち主。

 すらりとした背に色素の薄い長い髪を流し、洗練された物腰は同性の憧れを惹く一方、見事な曲線を描く身体は異性の眼をも惹いてしまう。

 それゆえか護身の武に長けており、鋭い脚線で屠った相手は数知れず。

 文に関しては中のやや上程度で、料理の腕は並。

 篠崎トヒテ、十歳。

 あまり似ていないが里璃の妹で、近くの小学校に通う極々普通の小学生。

 篠崎――

 

「――って、ちょい待ち」

『はい? 如何されましたか、里璃御姉様?』

 トヒテから教えを乞われた里璃は、早速渡されたトヒテ手製の資料ノートに目を通し、程なくがばっと顔を上げた。

「あ、あのね、トヒテ。資料だから箇条書きなのは分かるよ? だけど私の事、美化し過ぎじゃない? しかも屠ったって、濡れ衣もいいところだし」

『そうですか? 作文は主観に依りますので、これくらいの誇張ならば許容範囲内と思ったのですが』

「確信犯なの?……というか」

 幾ら主観でも、トヒテの何処を指して「極々普通」と言えるのか。

 年相応ではない口調の妹に、まさかそのまま告げる事も出来ず、口を噤んだ里璃は小さく唸った。

 ちらり、自称・極々普通の妹を見やる。

 白いレースに縁取られた黒いリボンのツインテールはキツめに巻かれた美しい黒髪。

 澄んだフローライトの瞳へ憂う影を落とす睫毛は長く、年齢にそぐわない艶を演出している。

 形の良い鼻に幼さの滲む頬はふっくらと柔らかく、反面、淡く色づく唇は妖しい魅力を兼ね備えていた。

 身を飾るのは黒いワンピースと白いボレロで、そこから伸びる四肢は子ども特有の肉付きを保ちつつも、甘さを感じさせるたおやかな造形。

 はっきり言ってしまえば、冷然とした容姿である里璃とは似ても似つかない、犯罪級の可愛らしさである。

 妹を前にして難だが、平和ボケしている割に変質者も多い昨今、よく無事でいられるものだ、と常々思う。

 だのに当の妹は自身を「極々普通」と評す通り、その容姿には全く興味を示さず、顎に指を当てると愛らしく首を傾げ。

『それに里璃御姉様は御近所でも評判でしてよ? 昨年のバレンタインも、御父様や御にぃ様に引けを取らぬ程のチョコを頂いていたではありませんか』

「う……評判ってソレ? 勘弁してよ」

 トヒテの言うバレンタインを思い出した里璃は、頭痛を堪えるように額を押さえた。

 ノートには男女共に人気があると書かれていた里璃だが、現実の比重は同性に偏っていた。

 動きやすい、ただそれだけの理由で男物の服を着用するせいとはいえ、服の好みと好みのタイプは必ずしも一致しないというのに。

 中には恋愛対象は異性だってどれだけ言っても、全然聞いてくれない子もいたからなぁ……

 若干の着痩せはあっても女と分かる身体を前にして、勇気ある告白は結構だが、使いどころを完全に間違っている。

 脳裏を過ぎる日々に深々と溜息をついた里璃は、正座のトヒテを前にして胡坐を掻くと、話を切り替えるべく頬杖をついた。

「まあ兎も角さ、主観はいいけどやり過ぎには充分注意して。あと、小学校の作文なんだから、漢字はなるべく今まで習ってきたものを使うように。特に屠るってのは止めた方がいいな。私が先生だったらなんか嫌だから」

 なんせ題材は家族だ。

 必ずしも温かな関係を描かなければならない訳ではないが、こんな漢字が出てきたら確実に引く。

 まあ、箇条書きで書かれていた事、実際の作文に書くとは限らない――と里璃が苦笑しかけた矢先。

『はあ、そうですの?』

「そうなの!」

 些か不満そうに頷いたトヒテへ力強く断言する。

 どうやら本当に書くつもりだったらしい。

 トヒテの言う通り主観に依る作文なれば、「完成した作文を教えたよしみで読ませろ」と脅す気もないが、添削しないと後々担任に注意を食らいそうだ。

 ……確かトヒテの担任って女の人、だったよね? じゃあ大丈夫、かな?

 注意される事よりも担任の身を心配する里璃は、担任が男だった場合をうっかり浮べて顔を青くさせた。

 

 あれはまだ里璃が小学生だった時の事。

 新任の若い男の教師が、生まれつき色素の薄い里璃の髪を見て、黒く染めてくるよう注意してきた。

 里璃や友達が最初からこうなのだと言っても聞き入れてくれず、全ては親の責任だと意気込んだ教師は、戸惑う里璃を引き連れて家に向かう。

 染髪を禁じる一方で違う髪色も認めない、まるで存在自体誤りだと言わんばかりの行為に、惨めな思いを抱く里璃を知る由もなく。

 そうして応対した父に自分の正義を説いた教師は、丁度帰ってきた学ラン姿の兄の、これまた生まれつき淡い金である髪色にさえ目くじらを立て――

 

 あの後、何があったのか、里璃はあまり憶えていない。

 

 ただあの日を境に彼の教師が里璃と篠崎の名に怯え続けた挙句、一年で教師を辞めてしまった事は憶えている。

 ちなみに次年度、担任となった女の教師が同じ名目で里璃の父を尋ねた事があったが、彼女は辞めるどころか、里璃や篠崎の名にうっとりと恍惚の表情を見せるだけであった。

 こちらに関してもやはり、何があったのか里璃は憶えていないものの、兎に角、呼び出す担任の性別によって、父――場合によっては+兄――の対応にかなりの差が出てくるのは間違いない。

 何にせよ、見目麗しい妹の輝かしい経歴に、注意という汚点は不要だと、少しばかりシスコンの入った里璃は思い。

「はっろー! 僕の可愛い妹チャンたち! 何をしているのかな、こんな時間に? いーっけないんだ、いけないんだ! イケナイ事ならお兄ちゃんに任せ――どはっ!?」

「すっこんでろ、この大ボケ」

 胡坐の姿勢から器用に長い足を伸ばした里璃、突然乱入してきた正真正銘重度の、否、不治のシスコン野郎の腹を、下から掬い上げるようにして足裏に納めた。

 格闘漫画も真っ青の、現実に鳴ったらかなり危険な音が響く。

 けれども、貧弱な身体つきに似合わず鍛え上げられた肉体の持ち主に、音に比例するようなダメージはないと里璃は知っていた。

 このため、宙でくの字を描き、足が引いた瞬間に膝から崩れ落ちて呻く兄・篠崎奏を、後悔の念も抱かず冷ややかに見やる。

 苦しみながらもにへらと笑う、ライトブラウンの垂れ目と情けなさ倍増の泣きボクロと、外跳ねの髪の中で光る蒼いピアス、趣味の悪い赤いワイシャツに空色のズボン。

 珍妙な配色が妙に似合う奏は一通り苦しむと、それなりに整ってはいる顔でいじけてみせた。

「ひっどぉい、リリちゃん。お兄ちゃんを足蹴にするなんてぇ」

 最後に尖る唇。

 思わずイラッとくる動作に歯を軋ませた里璃は、妹の手前、ぐっと堪えて深呼吸を一つ。

 見事な蹴りを披露した事を忘れたていで、ちょこんと座ったままのトヒテへにっこり笑いかけた。

「えっとそれで、どこまで話したっけ?」

「屠っちゃ駄目ってトコロからだね☆」

「お前には聞いてない」

 すかさず反応する奏へ、無視しきれなかった里璃が若干早口で発言を却下した。

 が、そこでめげる奏ではない。

「じゃあ、バレンタイン?」

「この馬鹿兄……どこから盗み聞きして」

「凄かったよねぇ、か・の・じょ」

「ぐっ」

 黙れと睨みつける視線を受けてもなお閉じない口は、里璃に空気の丸呑みを命じてきた。

 思い出したくもない、それでも先程つい思い出してしまった、甘酸っぱいどころかおどろおどろしい同性からの告白シーン。

 一応、他にもそんな場面に出くわす事はあったが、インパクト部門で彼女に勝る人物は後にも先にもいないだろう。

 ――いや、居て欲しくない、の間違いか。

 

 

 あの子の事を知ったのは、バレンタイン当日の朝。

 所用で高校に行く途中、通学路で出会い、すぐさまチョコを突きつけられ告白されるが拒否。

 やんわりではなく、きっぱりと。

 曖昧な態度は欠片もなしに、はっきりと。

 ただの憧れ程度ならば受け取るが、他校の年下、誰もいないところを狙った告白なぞ、本気以外の何者でもない、と哀しいかなこれまでの経験で知っていたがために。

 本気には本気で――それが里璃の心情であった。

 だからこの時里璃は、これでこの子の告白は終わりだと思っていた。

 自分が恋愛感情を抱けるのは異性だけで、同性には興味がないと、相手の目を見てしっかり伝えたのだから。

 しかし彼女はチョコのように甘くなかった。

 ショックを受けたはずの項垂れた頭の向こうで、しっかり伝えたはずの真実を「カモフラージュだって知ってます」と捏造し、「分かってます、大丈夫、私は先輩の味方です」などという言葉を何度も何度も呟き始める。

 何度も何度も、里璃の耳に辛うじて届く音量で、繰り返し繰り返し……

 告白に失敗した少女は走り去っていくのが定番だったため、せめて見送ろうと思い、その場に留まっていた里璃は、そこで自分の選択肢が間違っていた事に気づいた。

 コイツ、ヤバい……!

 ぞっとする悪寒に一歩身体をよろめかせて下がらせたなら、反動で浮いた右腕に絡みつく少女の両手の指。

 思いの外強い握力の中、形を変える腕に勇気付けらたように顔を上げた少女は、眩いばかりの笑顔を慄く里璃へ見せつけ、そして。

「先輩、恥ずかしがり屋さんみたいですから私の家に行きましょう? 誰の眼もなかったらこのチョコレート、食べてくれますよね? あ、お返しの心配なら大丈夫。あとで先輩の口から直接お裾分けを……あ、でも家だったらチョコフォンデュでもいいなぁ。先輩の柔らかな肌に落として。ふふ、大丈夫。火傷が深くなる前に全部舐めますから。ねえ先輩? 舐め合いっこしましょーよぉ」

「ひっっ!!?」

 少女が吐くのは妄想だが、その目の輝きは生々しかった。

 恐れ戦く里璃は逃げようと思うのだが、怯え切った足は言う事を聞いてくれず、それどころかぐいっと引っ張られた右腕に併せて前へ進んでしまう。

 と同時に、柔らかな何かに埋められる右手。

「やんっ。もお、先輩ったら、せっかちさんなんだから」

「!!!!! ち、違うし! というか御免っ!!」

 恥らう甘い声に恐れをなし、どこに触れたのか確認する真似もせず、半ば少女を突き飛ばすつもりで離れようと試みる。

「っ、あぐっ」

 が、捕らえられたままの肘が逆に押されたなら、逃れるはずだった身体が痛みを封じ込めるようにして腕の下へ留まり、これを狙った風体で少女の腕が屈んだ里璃の頭を自分の胸に押し付けた。

 里璃の手によって拉げられた左胸を目にすれば、逆光の中で上の少女が緩やかに微笑んだ。

「うふふ。急がなくても大丈夫。だって私、先輩用にと思って、首輪とか手錠とか縄とか、色んなモノを用意しているんですよ? 勿論、専用の玩具も完備してますし」

 そんな話、聞きたくないっ!!

 悲鳴すら上げられない細い腕の中、涙を滲ませたところで、少女は自分の都合良く解釈してしまう。

「まあ先輩、涙が出るほど嬉しいんですか? じゃあもっと喜んで貰わないと」

「うっ!?」

 頭を解放したのも束の間、捕らえたままの右腕を乱暴に振った少女は、里璃を塀に叩きつけると背中で腕を捩じ上げ、塀と向かい合う形で喘ぐ一方の彼女に囁いた。

「ふふ。先輩の今の顔、すっごく可愛い。いつもいつも思っていたんですよ? 颯爽と歩く先輩が私の与える苦痛によって、千千に乱れ喘ぐ様」

「ああっ」

「んふ。なんて良い声」

 うっとりと微笑む少女の舌がちろりと里璃の耳たぶを舐めた。

 駆け上る悪寒に身を震わせれば少女は更に腕を捻り上げ、痛みから潰れていく声に助けを呼ぶことさえ叶わず。

 と、その時。

「あれ? 小暮じゃん」

「……ちっ」

 通学時間だったのが幸いしたらしい。

 少女と同じ制服を着た、友達らしき人影が現れたなら拘束が緩み、里璃はバネ仕掛けの人形のような瞬発力でその場から逃げる事が出来た。

 ――とはいえ。

 

 

「いやー、あん時は驚いたよ。里璃のお迎えコール。泣きじゃくってて最初、何言ってんのか全然分かんなかった」

 高校へと逃げるように向かった里璃が所要を済ませる前に呼んだ奏は、当時を振り返っては懐かしがるでもなく、半ば疲れた溜息を吐き出した。

「で、どうにか聞き取ってみれば変な子がいるってさ。まあバレンタインデー、前例があるからなぁとは思ったけど。あそこまでの奴にまで惚れられるとは……」

「わ、私のせいだって!?」

「んな訳あるか」

 ちゃっかり妹たちの近くに腰を下ろした奏、当時の恐怖を思い出し動揺する里璃の頭を叩くように軽く撫でた。

「俺の妹に魅力があるのは確かだが、だからって特殊な性癖を助長させる代物じゃない。要するにあれは元々、危険な奴だったって話だろ? 家の中にまで勝手に入って来た時は、俺もかなり怖かったし」

「うう……お、思い出させないでよ。帰ってすぐ部屋に閉じ篭ったのに、段々近づくノック音なんて、どこのホラー映画なのさ」

「でもまあ、そのお陰でお前より先に俺が出くわせたんだ。良かったじゃないか、お前的には」

「良くないよ! 物凄い音がして扉を開けたら、こんなでも私よりムカつくくらい強いお前が、体格差だけでも勝てるはずの女の子相手に腕っ節で互角だったんだから!」

「んー、何だろう? 認められて嬉しいような、貶されて悲しいような……」

 軽く腕組み、程ほどに悩んでみた奏。

 けれども答えは出なかったようで、腕を解いてはにやっと笑った。

「しっかしあの後、面白かったよなぁ。逃げる里璃に気づいたあの子、俺ほっといて追っかけて、そうしたら丁度いいところにトヒテが帰って来てさ」

『はあ。そういえばそうでしたわね。あの方、ワタクシにまで縋りつくほど怖がる里璃御姉様を見て分かりました、と。理由は存じませんが、里璃御姉様がワタクシに懸想していると勘違い為されて』

「去り際のあの顔から察するに、可哀相な人発見、自分はまだまだ普通だった、って感じだったよね。実妹に恋する実姉。確かに救いようはないが」

「『「彼女だけには言われたくない」』」

 兄妹団結して出た言葉は溜息と共に終結する。

 しばし、各々の中にある記憶を忘れるため、三人が三人とも、部屋の宙に視線を飛ばした。

 惚けること数分。

「お前たち、何をしている?」

「ぐはっ」

「あ、父さん」

 奏の登場で部屋の扉が少し空いていたのだろう。

 現れた里璃たちの父は、扉へ向けられていた奏の背中を足蹴にし、娘たちの姿を黒い瞳へ写す。

 後ろで括られた艶のある黒髪が辛うじてトヒテと同じ、という父の容姿は、言ってしまえば特異だった。

 否、黒と白で形成されたシックな装いや、男性的な魅力に溢れる身体つきには、文句のつけようもない。

 だがしかし、ある一点、人間の第一印象は此処で決まると言われる部分に、大いなる問題を抱えていた。

 家族以外の人は言う。

 あらー、お父さんそっくりねぇ――と。

 細かい事を気にしないトヒテはそのまま流すものの、里璃と元々親子仲の良くない奏は、その度に表情をぴしりと固まらせる。

 見る人によって、造詣が変わる不思議な顔の父だと知りつつも。

 白い陶磁の肌、嵌め込まれた真っ黒な瞳。

 鼻はなく、口も時たま開く以外は目に出来ず。

 里璃たちの父の顔を一言で表すならば、白い仮面。

 触ればしっとりとした質感が返って来る、見た目はどこまでも無機質なその顔は、待っても訪れない返事に眉の辺りを隆起させた。

「揃いも揃って、無視するつもりか?」

「あ、いや、違うよ、そうじゃなくて」

『はい。無視ではなく……そういえば何の御話をしていたのでしょうか?』

「……トヒテ?」

 不機嫌な父の気配に当てられてしまったのか、自分が持ち出した話をすっかり忘れたていのトヒテ。

 呆れる里璃に対し、答えたのは足蹴にされ続けている奏だった。

「トヒテの、作文の宿題の話だよっ! って、いい加減、この足を退けろ!!」

「……ん? お前もいたのか。しかも自ら進んで踏まれているとはな。妙な性癖を持ったものだ」

「ぐっ、こ、このっ」

 あんまりにもあんまりな蔑みを受け、奏は軽くなった身体を捻り、殴りかかるように拳を振りかざす。

 その肘へ里璃の手がそっと置かれた。

「抑えろ、奏兄」

「り、リリちゃんっ!……お兄ちゃん、悔しいっ!」

 嘆くと同時にがばっと両手を広げて抱きついてくる奏、いつもであれば拳で応戦するところを、仕方なしに腹で受け止めてやった。

 崩れた胡坐の上、腹にぐりぐり押し付けられる頭をおざなりに撫でてやる。

 途中「うぅ〜ん、里璃ってばいい匂い」というくぐもった声が聞こえてきたなら、容赦なく握り締めた拳で頭部を殴りつつ。

『あらまあ。里璃御姉様、宜しいのですか?』

「宜しいも何も、相手は父さんだからね。一片たりとも勝てる余地がないんだから、少しくらい同情してあげないと」

『麗しい兄妹愛。御優しいですわ』

「同情……ああ、兄の威厳がぁ」

「妹の腹を借りて嘆く馬鹿に威厳なんかあるか、阿呆」

「酷っ!? そ、それならいっそ、豊満なバストを貸してくれ――――あがっ!?」

 図に乗った奏は里璃の胸目掛けて顔を突っ込もうとするが、直前に伸びた青白い手が軽そうな頭を思いっきり掴み上げた。

「あ、あいあんくろー……い、いだい、いだいっだだだだだだっっ!!」

「愚か者め。己が妹に欲情するなぞ。本人の意思を確認してからにせんか」

「いっ!? じゃ、じゃあ、里璃が良かったら?」

「愚問だ」

 ぽいっと気軽に廊下へ兄を投げ捨てた父は、里璃を背にして仁王立ち。

「当然、オッケーだ」

「ちょと待て父さんっ!!? ここは普通、駄目って言うとこでしょうが!?」

 普段絶対に使わない言葉で快く頷く父へ、全力投球で抗議をぶつける里璃。

 勢い余って立ち上がりかけ、丁度父がくるりと振り向いたなら、気圧された形で里璃が後ろに倒れ込む。

 よろめく背がぶつかったのはベッドの横。

 その固さに一瞬肩越しから背後を見やった里璃は、前に視線を戻そうとし。

「っ!!」

 眼前、覆い被さるようにして近づいていた父の、無機質な黒い瞳に自分の姿をみたなら、緊張と共にごくっと喉が鳴った。

 死角で身体を支える手にするり大きな手が重なれば、その冷たさにぞくりと背筋が粟立ち。

「里璃……良いか?」

「うっ……」

 熱情を孕んだ甘く切ない問い掛けに息が詰まった。

 何も言えない口に変わって、首がこくんと小さく頷いたなら、ふっと低く笑った父は立ち上がり。

「どうだ、奏よ」

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 身を起こす奏へ得意気な嘲笑を送る。

「〜〜〜〜っ」

 このやり取りに完全に遊ばれたのだと気づいた里璃は、うっかり頷いてしまった自分の頭を抱えて蹲り。

「な、何が良いんだよ、自分! 何で頷いたのさ、私!」

 答えのでない自問を繰り返す。

 一人悶々とする里璃を余所に。

 

 

 

 ベッド脇で傷心する部屋の主を放り、テーブルを囲んだ兄と父は、妹の作文に色んな案を盛り込んでいった。

 結果、どんな作文になったのか。

 実はこの後、作文は里璃が目を通さぬまま提出され、残念ながら紛失してしまう。

 どうやら、シュレッダーに掛ける紙の中に紛れ込み、人知れず裁断されたらしい。

 このため当初の相談役が内容を知る機会は完全に失われたのであった。

 ただ、一つ言える事があるとするならば。

 作文紛失の謝罪を兼ねた家庭訪問の折、トヒテの担任は茶を出す里璃へ気まずそうにこう告げていた。

「あなたが、あの…………………………ご、ご家族に愛されていると、お噂はかねがね……いえ、す、すみません、変な事を言ってしまって」

 

 ちなみにトヒテがつけた作文のタイトルを「家族の憩いの場」という。

 

 

 ――あとは推して量るべし。

 

 


あとがき
いかがだったでしょうか、ジョーカーキャラで家族モノ。
終わり方が丸投げっぽいのは仕様です。
作文ネタのためにトヒテ小さくしてみました。
初見の小暮の中身は、本編の奴の成分少量で出来ています。
あとはいらん設定なんかを少々。
里璃:軽度のシスコンで隠れファザコン。ブラコンではないが兄を認めてはいる。
トヒテ:シスコン・ブラコンに見せかけて、かなりのファザコン。
奏:手遅れシスコン。父は越えねばならぬ障害。
「夜」:子煩悩。僅差の愛情度(弄り度)に優劣をつけるなら奏>里璃>トヒテだったりする。

こんな出来具合ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

UP 2010/3/29 かなぶん

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