一夜漬けの日々 10

 

 「夜」は斯く語る。

 “私の誘惑に際し、抗える女は稀だ”――と。

 里璃は此れを肯定する。

 確かに彼は、合って間もない友人を虜にしたのだから。

 なのに……

 

 

 

 トヒテは惚けたままの里璃を見、ゆっくりと頷いた。

 「夜」は相手の意思を尊重しなければならない、と告げた唇を割り、機械的な声音で。

『里璃様の仰りたい事は、重々承知しております。先に述べました通り、戯れにでも御前が御望みさえすれば、従者の手を借りずとも、容易に数多くの女性とひと時を過ごせましょう。たとえば――』

 一区切り、フローライトの双眸が意味深に里璃を射る。

 無機質な冷たい視線にたじろげば、光の加減でトヒテの顔が意地悪く歪んだ。

『御相手の想いの矛先を、真実求める殿方から、御前へと掏り替えることも』

「なっ」

『可能にございます』

 思わず腰を浮かせた里理へ、恭しく頭を垂れるトヒテ。

 慇懃無礼とも取れる態度に言葉を失くしたなら、身を起こしたトヒテが柔らかく傾いだ。

『里璃様、驚く必要はございません。いえ、これくらいの事象で驚かれていては、御身が持ちませんわ? 信頼するな、と御前は仰っていらっしゃいましたが、つまりはそういう事なのです。御前が御望みになれば……そう、もし御前がワタクシへ、里璃様の性別を御尋ねに為られたなら。里璃様には隠す事を御勧めしましたが、ワタクシは易く答えるでしょう。里璃様は女性です、と』

「トヒテ……」

『油断は禁物ですの、里璃様。ワタクシは形代なれば、御前の命は絶対。いいえ。御前こそ、我が命。ワタクシが里璃様へ、こうして知識を供給する事さえ、全ては御前が為に。仮に、里璃様が御前を害すというならば……まあ、実現は不可能でしょうが、その前に』

 す……と赤縁眼鏡が引き取った息を合図に、四方から里理へ突き刺さる視線。

 焼け付くような幻覚の痛みを肌に感じると、眼鏡のトヒテの動きに合わせ、ホワイトボードに控えた二人のトヒテが口を開いた。

『『『『『ワタクシが里璃様を害しましょう。脆くともこの数相手、全ては手に負えますまい?』』』』』

「!」

 ライブラリー全体を振るわせる、機械的で無機質な合唱。

 寒気が里璃の全身を這ったなら、小刻みにトヒテたちが揺れた。

『……形代の残骸の中、血を流し蹲る肉塊。錆に濡れた髪は白磁の頬に張り付き、虚ろな眼は光を通さず無だけを映す。裂かれた皮膚は干からび、穿たれた腹からは臓物が溢れ。近づく影があるとするなら、それは御前でしょうか。無機と有機から漂う鉄の匂いを踏み潰し、伏した従者を見つけたなら、その首を晒して落とすのでしょうね。……ふふ』

 揺れながら喋るのは、赤縁眼鏡のトヒテだけ。

 無表情のまま、笑い声を語られ、里璃はひくりと顔を強張らせた。

 もしかしてこの揺れが……トヒテの笑い方、なの?

 なんてえげつない。

 加え、語る内容の血生臭さに里璃の眉が顰められれば、揺れを止めたトヒテが胸の前で両手を軽く打った。

『あ、ですが、御安心下さいませ、里璃様。ワタクシが害したところで、里璃様の御命は奪われませぬ。増して、御前が首を落とされたなら、そのまま生き続けられますゆえ。ただ、おいたの過ぎる身体は、獣の餌と為りましょうが』

「それ……全然安心できないんだけど」

『そうですか? それは失礼を致しまして。けれど、これはあくまで仮定の話でございます。要は、ワタクシにとって、里璃様よりも御前がいかに大事か、御分かり頂ければ幸い、という事でございまして』

「……うん。それは十分、分かったよ」

 対抗する気力を失くし、里璃は椅子へと深く座り直した。

 不思議と、「夜」が信頼云々を口にした時より、トヒテの言に驚く事はなかった。

 予め「夜」が告げていたせいもあるだろうが、それ以前に、湯浴みで人の言う事を全く聞いてくれなかった彼女。

 ある意味、「夜」以上に危険な存在だ。

 ちょっぴりやさぐれた息を吐いた里璃は、億劫そうに身を起こすと姿勢を正し。

「まあ、条件があるのも分かった。……けどさ、具体的に、相手の意思の尊重って、どうすれば良いの? どういうヒトを見つければ良いのさ?」

 気を取り直した里璃の様子へ、赤縁眼鏡のトヒテは、先程口にした血の匂いを、全く感じさせない可愛い仕草で首を傾げた。

『はあ……そうですわね。たとえば……夫だけでは物足りない、マンネリを憂う団地妻』

 けれど、吐く言葉は生臭く。

「はあ?」

 最初に持ってきた“御相手”の表し方に、里理から引っくり返った声が漏れた。

 それでも、一度開いたトヒテの口は、用件を全て出し終えるまで止まらない。

『恋人が浮気したから私もしちゃえ、という彼女。刺激のない毎日に飽き飽きしているOLさん。気づけば適齢期も過ぎ、精神的に参っちゃってる御局様。ひと夏のあばんちゅーるを経験して、一歩大人に近づきたい女子中高生等など』

「御免、最後のは軽く、犯罪入ってる気がするんだけど」

 つい最近まで、現役として高校に通っていた里璃が手を挙げれば、“御相手”を並べ立てる度、首を左右へ傾がせていたトヒテが、肩と頭を並行させた。

 不気味な姿であるが、中身は絡繰り。

 驚く要素は今はもう、里璃の中に在らず。

『そうですか? けれど、金銭の介入はございませんし、あくまで、御相手の御意思を尊重するわけですから……愛があれば年の差なんて、と申しますでしょう?』

「愛って……それだけ多くの女の人と無差別無制限に付き合って」

『はあ……けれど、御前の愛は本物ですわ? 御相手の方と接している時は、その御方の事しか御考えになりません。囁く御言葉も全て、御相手のためだけに、御前の内から自然と生じ、紡がれる睦言』

「へぇ……」

 トヒテの格好より難ありな「夜」の愛に、呆れ返った声が呼気に混じる。

 今更だけど、「夜」って節操なし?

 形容し難い思いに駆られ、里璃の瞳があらぬ方向に流れた。

 いや、もしかすると、こちら側では案外、普通の事なのかもしれない。

 考えれば考えるほど、自分が今まで培ってきた常識が覆される気分に陥った。

 ……まあ、ヒトの世だって、トコロ変われば常識も変わるモンだけど。

 終には慰めにならない感想まで、里璃の脳裏を過ぎり始め。

 一度首を振った里璃。

 道徳観念から逸れに逸れ捲くった話題を払い、必要な部分だけをおざなりに心に留め置く。

 すなわち、従者として己がやるべき事を。

「つまり、私はそういったヒトを探さなきゃならないわけね?」

『はい』

 目を逸らしている間に首を元に戻したトヒテは、間髪入れず頷いて後、再度頷き。

『勿論、御前が女性へ、御誘いを掛けられないという話ではないのですが……その、御前は実力者であるがゆえに、プライドが余りにも高いのです。もし、御誘いした女性が想う殿方を理由に断られた場合……未だそういう事はなかったので、仮定の話となりますが』

 はあー、なかったんだ、断られた事……じゃあやっぱり、従者って必要ないんじゃ?

 区切られた合間で、里璃がそんな事を思ったなら、相変わらずの無表情・無感情な声に力が込められ。

『殿方共々、女性を消滅させてしまう可能性が高い』

 呑気な思いを覆される内容に、里璃の顔が大いに顰められた。

「げ……そんなに?」

『はい。そんなに』

「断られた程度で?」

『いえ。これは、御前以外の殿方を引き合いに出された場合、という意味です。普通に断られる分には、御相手の御意思を尊重せねばなりませんし、早々に御手を退かれます』

「ん……と? じゃあ、「夜」って断られる事あるんだ?」

 ついさっき、断られた事がないのだと感心した手前、不思議に思って尋ねたなら、トヒテも似たような気配を携え、小さく傾いだ。

『それは勿論ですわ。いかに御前といえど、その気もない女性を御誘い出来るはずもございません。……ああ、里璃様。もしや、御前が先程述べられた、誘惑に抗える女性は稀、という御話を間に受けていらっしゃるのでは?』

「へ?」

『御前は御不在ですし、ここは一つ、はっきり申し上げておきましょう。――あれは御前の見栄です』

「……え?」

 どきっぱりと告げられ、目を丸くする里璃。

 何せ、トヒテもまた、「夜」の女性に対するアレコレを称讃していたのだ。

 ここに来て、こんな否定が為されては、ただただ、反応に困るというもの。

 かといって、形代のトヒテが里璃の、非常にビミョーな心情を慮ってくれるわけもなく。

『どうか、御理解下さいませ。主人というモノは、それまでの己を、仕えるに足る者として、従者にみせておきたいのです。自身に仕える事が、いかに気高き事か。無論、騙ったところで方便にも為らぬ御方もいらっしゃいましょうが……里璃様は、御前の見栄を信じられたのでしょう?』

「うん……あ」

 素直に頷いた里璃は、「夜」の前で彼を信じていないと断言した自分を思い起こし、慌てた様子で口を塞いだ。

 これへ微笑みかけるように、トヒテが少しだけ目を細めた。

『御気に為さらないでくださいまし、里璃様。御前を信じないと仰った先の言、後のやり取りを拝見しまして、ワタクシ、差し出がましい事ながら、偽りと判断致しました』

「う……」

 嬉々としたトヒテの様子に、図星を衝かれた里璃は、ゆっくりと手を降ろした。

 信頼するなと「夜」に言われた時、従者の己はそれに応えるべきだと里璃は考えた。

 真実はどうあれ、「夜」が望むなら、と――。

 それでも、ただ言う事を聞くのは癪だと、信じるモノを問う「夜」へ、それは自分だと告げたのである。

 何せ、「夜」に仕える身でありながら、彼から確固たる意思を認められた自己なのだ。

 付け焼刃の従者とはいえ、どうして、主に認められた己を否定できようか。

 あるいはこの思い自体、ヒト為らざる主の従者となった身が、勝手に里理へ植えつけたものかも知れない。

 けれど、主従関係なしに、他者に認められて、嬉しい気持ちはあるはずだ。

 なればこそ、迷いもなく「夜」へ告げることが出来た。

 

 「夜」が認めてくれるから“私は、私の判断をを信じ”られる。

 その思いに応えるため“私は「夜」の従者を選”ぶ。

 “たとえこの先、何があろうとも”私を認めてくれた「夜」を信じて“私は私を信じ”る。

 信頼するなと命ぜられても、私は“「夜」についてゆ”く。

 「夜」が、私を認め続けてくれる限り――

 

 掻い摘み、組み立てた文章なれど、あの時に秘めた思いを浮べては、里璃の頬が紅潮した。

 本人に知られたら、こっ恥ずかしい事この上ない内容である。

 どうか「夜」にはバレていませんように、と祈りつつ、照れを抹消するべく、里璃はトヒテと己へ、訂正を一つ入れた。

「で、でも、全部が全部、嘘ってわけじゃないよ? 最初は本当に、信じていなかったし」

 いきなり召還された上に、ほとんど説明のないまま従者として扱われた昨日。

 返せば、信じる方がどうかしていると里璃は首を横に振り、トヒテに至っては、さして驚いた風もなく縦に振った。

『心得ておりますわ。元より、あのような出逢いを経られて、すぐに信用する方が恐ろしい。里璃様を所望した「塊」様の存在があれば、尚の事。御前の肩代わりにより、契約が移行されたとはいえ、彼の御方の御力は御前に匹敵されますから。召還のどさくさに紛れて、御前の命を奪うよう、里璃様に魔法を掛ける事も』

「なっ……そ、そんな事も出来るの、その」

『はい。「塊」様、ですから。あの方はそういったやり口を好まれる性質なので』

「なんて、陰険な……」

 召還直後の、温かな闇。

 従者を待ち望んでいた「夜」の行動が頭の中で再生されたなら、無防備なその胸に、小剣を突き刺す己が描かれる。

 只人の身なれば不可能だが、里理にそういう細工をした相手が、「夜」と同等の力を持つというなら。

 「夜」は、出会い頭の裏切りを、どう思うだろう。

 今はもう過去の話。

 それでも里璃は詮無い事を考え、怒りならまだマシと判断する。

 憤怒の先で殺められても、まだ。

 だが、傷を受けてはどうだろう。

 待ち望んだ相手からの裏切りに遭って、身体以上に心まで傷ついてしまったなら……

「本当に……「夜」の従者で良かったって思うよ」

 従者の枠組みではない里璃自身として増していく、「塊」への嫌悪。

 胃の腑の煮えたぎる熱さに歯噛みすると、何かがぺしんと軽く叩かれた。

 この音に反応し、いつの間にか俯いていた視界を上げた里璃は、小首を傾げた赤縁眼鏡のトヒテが、教鞭でホワイトボードを叩いた事を知った。

 示された先を見やれば、「夜」が来る前に書かれていた、“名とは一つの力であり、身に過ぎたる名は口に出来ない”という文がある。

『里璃様? 御前の御来室で中断しておりましたが、名に関して、実はもう一つ、気をつけねばならぬ事がございますの』

「え?」

『確かに、常では御本人様の了承もなく、身に過ぎたる御方の御名は口に出来ませんが、唯一、例外があるのです。それは、感情の赴くままに彼の御名を口にしようとした時。ですが、これは大変危険を伴う行為』

「危険……?」

『はい。名を呼ぶ、という行為は、その対象から応じを望む、という働きをもたらします。特に、名が尊ばれるこちらでは、名を呼ばわる事がそのまま、魔法の発動を促してしまうのです。――つまり』

 一つ、息を詰めるトヒテ。

 今までの会話から察するに、一度区切った後で述べる事こそ、トヒテが本当に言いたい事らしい。

 これに姿勢を正して里璃が臨めば、トヒテは殊更無表情無感情に述べた。

『里璃様が感情のままに「塊」様を呼ばれては、御前の結界も意味を為さず、彼の御方は易く里璃様の前に現れましょう』

「っ!?」

 思ってもみなかった忠告に、里璃の喉がひゅっと鳴いた。

 先程から、「塊」を悪しく思っていたため、何かの拍子でその名を口にする可能性は十分あった。

 トヒテへ、先に言っておいて欲しかったと恨みがましい視線を送りつつ、速まった鼓動を抑える。

 あ、危なかった……

 どれだけ悪感情を抱いても、主である「夜」に匹敵する力の持ち主、主不在の今、自分だけで追い払えるとは到底思えなかった。

 従者となって、「夜」の力とやらが薄っすら分かり始めてきたなら、尚更に。

 どっと押し寄せてくる精神的な疲労に耐えかね、里璃は上半身を机の上に投げ出した。

 息をついても逸る心音は収まらないが、机の無機質な冷たさは、里璃の体温を正常に感じさせてくれる。

 「塊」との予期せぬ対峙を想像し、生きた心地が失せても、ちゃんと生きていると知らしめる、己の温もり。

 混乱する頭をも、冷静にしてくれる机に、里璃は数回頬ずりをし。

「っ、わぁ!?」

 諌めるように、どさっと真横を本で遮られれば、慌てて身を起こした。

 何なんだと瞬き、次々運ばれてくる本を知っては、その陰に隠れつつあるツインテールを呼んだ。

「と、トヒテ!?」

『はい? 如何されましたか、里璃様?』

「い、如何って、こっちの台詞…………えっ、と? こ、この本は?」

 受け答えしつつ、更に本を持ち寄る姿に、背表紙へ視線を走らせた里璃は、自分の目が点になった気がした。

 ライブラリーというくらいだから、これらの本は、ここにあったモノで間違いないとは思うが。

 ……こ、これって…………よ、「夜」の趣味なの?

 「夜」の屋敷内にあるライブラリーの蔵書なれば、当然、持ち主は彼になるだろう。

 しかし、トヒテが積み上げていった本はどれも、「夜」が収集するにしては、非常に難があった。

 所謂、ラブロマンスとやらを題材にした、たぶん、男より女が読んで楽しい書物。

 ちなみに里璃は、この手の話は苦手であった。

 否、それでは語弊があるかもしれない。

 正しくは、この手の話を真っ当に読む事が苦手なのだ。

 

「…………………………………………………………………………………………………………ぷ」

 

『ぷ?』

 並んだ背表紙に耐え切れず零したなら、聞き咎めたトヒテが、本の陰からひょっこり現れた。

 その間にも本は机を埋め尽くし、置き場を失くしては周りに配置されていく。

 多数のトヒテが次々、本を運んできていると理解しても、現れたトヒテにさえ視線を向けられない里璃は、顔を押さえて小刻みに震え。

『里璃様? どこか優れないところでも――』

「ぶはっ! も、もう駄目っ!! ひ、ひぃーっっ!!! お、可笑しっ、わ、笑える! た、タイトルだけで笑えるなんて、なんて、なんて凄い本なんだっ!!」

 ばっしばっし、机を叩きつつ、涙目になった里璃は、腹を抱えて大笑い。

 そう、何を隠そう彼女は、こういった本を読むと、大抵涙ぐむ場面であっても、ありえねぇー! とゲタゲタ笑ってしまうのである。

 その昔、恵とは別の友達・相澤薫(あいざわかおり)から、俗にBLと称される小説共々、この手の本を借りた経験があった里璃。

 ジャンル問わず読み貪る薫の薦めもあり、喰わず嫌いもせず全て読んだのだが。

 前者は淡々と読めたのに対し、後者は兄が「笑い茸でも食べたのか、里璃っ!?」と本気で救急車を呼ぼうとしたほど、笑い狂ってしまったのだ。

 返却の折、「笑えた」と素直に感想を述べた里璃は、当然というべきか、薫から一時、絶縁を言い渡される。

 それを経て後日、再チャレンジと薫の目の前で読む羽目になった、別のラブロマンス。

 薫の話では、泣けるシーンが満載の、とても切ないラブストーリーなのだそうだが……

 結果は爆笑の渦。

 これを自分の目に焼き付けた薫は、里璃はそういう体質なのだと納得し、今でも良い友達として落ち着いてくれている。

 

 ――蛇足になるが、笑い転げる里璃を心配して無断で部屋に入って来た兄は、原因がラブロマンスと分かって後、BLモノを冷静になった頭でばっちり認識、数日間、自分もそっちの道に入った方が、里璃を喜ばせられるのだろうかと真剣に悩んだらしい。

 このいらん述懐を聞かされた里璃は、それから幾日もせず訪れた兄の誕生日に、野郎のセミヌード写真集を「頑張って」という言葉と共に贈った次第である。

 正直、どっちに転んでも構わないと思いつつ、これがきっかけで病的なシスコンが、少しでも軽減されれば良いと目論んでいた里璃。

 結果は……言わずもがな。

 否、現在も悪化の一途を辿っており――

 

 何はともあれ、突然笑い出した里理を見て、トヒテはきょとんとした気配を漂わせた。

『里璃様? これらは一応、御相手を御誘いする際の参考書として、御目通し願いたい書物なのですが』

「ははははは、ま、マジですかっ!?」

『はい。一応、御前もこれらを御読みに為られていらっしゃいますし』

「ぶはっ!! よ、「夜」がっ!? さ、参考にしてるのっ!?」

『……さあ? 御前は何を読まれても“よく分からん”と零されていましたが。元より、ヒトとは感覚の違う御方、本当にちょっとした参考程度かも知れません』

「そ、そうなんだ…………ぐっくくくくく……って、わ、私もっ、よ、読まなきゃ駄目なの、コレ?」

『はあ。出来れば』

「う、うん。分かった。が、頑張るわ」

 ひぃひぃ笑いつつ、里璃の手が積み上げられた一冊に伸びた。

 

 程なく、頼りない意気込みに違わない笑い声が、断続的にライブラリー内にこだまする。

 

 

 


2009/7/22 かなぶん

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