妖精の章　一

　その日、菊の鉢植えを持ったクァンが向かったのは、奇人街のとある診療所。
　夜特有の極彩色の光は遠くとも、三層仕立てで重なり建つ街並みは、多種の色合いを見せている。
　しかし、二層目に位置するそこだけは、瓦屋根も漆喰の壁も病的なまでの白さを輝かせるばかりで、他の色の浸食を許さない。
「……相も変わらず、目に厳しい色ですこと」
　自身の白髪より眩い白に、眉を顰めるクァン。
　忌々しそうに長い髪を掻いては、溜息一つ。
　扉まで白いそこへ、少し強めのノックをした。
「エン（煙）〜、エンセンセー？　おーい、見舞いだぞー」
「……誰の？」
　聞こえて来た声は、くぐもった男のモノ。
　かすかに香る煙の匂いは、院内であっても構わず喫煙する、この男が好む味だ。
　警戒する調子を受け、クァンは覗き窓に空色の瞳を近づけた。
　遠くからの方が姿を判別させやすいはずだが、あえて彼女は向こう側に光を与えず。
「決まってんだろう？　勿論、シウォン･フーリだよ。クァン・シウがわざわざ来てやったって伝えておくれよ」
「必要ない」
「……はあ？」
　間髪入れずに拒否され、クァンの片眉が不快に上がった。
　ここの医者は、怪我程度なら隙を見て患者を売り飛ばす他の医者とは違い、患者の安全を最優先に考える。
　素直に聞いたなら、患者に優しい医者のように感じるが、実際は、某人間好きとイイ勝負の過保護体質だった。
　一度、患者として彼の下に送られた者は、完治するまで絶対に外へ出して貰えず、見舞い客が来ても邪魔者扱いの上、すんなり通さない。
　人の迷惑を顧みない奇人街の住人にとっては、窮屈過ぎる相手である。
　その辺は理解しているクァンだが、逡巡もなく、ばっさり拒否された記憶は今までなかった。
　店の関係で仕方なく、幾度か娘や客を送ったが、見舞いを断られる時は決まって理由がつくというのに、その理由さえもたらされず。
「んのっ、ケチ！」
　自身の種である鬼火（キッカ）の操る炎で、燃やしてやろうかと一瞬、脳裏に浮かぶ思い。
　しかし、すぐさま消し去った。
　この診療所の壁や扉は、防火性に優れている。
　というより、外部からの攻撃全般に渡って、他より強靭な造りをしていた。
　なので、扉を力任せに、靴底で蹴ったとしても、効果はない。
　――のは分かっていて、それでもやるせなさから、クァンは扉を思いっきり蹴った。
　痺れが伝わっても構うことなく。
　そんな彼女の肩が、ちょいちょいと叩かれる。
　これをクァンは憤りつつ、ぞんざいに払った。
　その効果はしばしの間、クァンに蹴りつける自由を与える。
　が、それを過ぎてはまた肩を、今度はぽんぽんと叩かれた。
　払い。
　蹴りつけ。
　再び訪れる、叩く感触。
　構うなと声には出さず、思いっきり腕を払う。
　後ろまで飛んでいった手刀は空だけを切り、今度こそ追っ払ったとクァンは扉苛めを再開し――
「ひいぃっ！！？」
　つー……と、薄手のジャケットを羽織った背筋がなぞられた。
「ぁにするんじゃいっ！」
　走った怖気で目に涙を浮かべつつ、回し蹴りを敢行。
　しかし、歪んだ視界は何も捉えられず。
「それは君が人を無視するから……白？」
「ぎゃーっ！！」
　翻った白いドレスの下、聞こえて来た言葉にクァンは思いっきり後ずさった。
　白い扉に背を打ちつければ、鉢植えを小脇に抱え、スカートを押さえる。
　睨む視線の先には、しゃがみ姿勢から立つ影があった。
「な、な、な！！」
「な？……生足？」
「！！」
　更に浮かんだ涙が、零れるのと同時に、今まで大事に持ってきた鉢植えを相手に投げつける。
　当たれば、住人とはいえ、ただで済まない重量を備えた鉢植えは、猛スピードだったにも関わらず、ひょいと簡単に避けられてしまった。
「ぐはぁっ！？」
　代わりに鉢植えの強襲を受けたのは、通りすがりの男が一人。
　目標を仕留めそこなったばかりか、違う相手に被害を加えてしまい、茫然とするクァンへ。
「ストライク」
　当の目標は、煙管を口に咥えたまま、親指をつき出し、彼女の強肩を褒め称えた。

＊　　＊　　＊

　ずりずり引き摺った男を、暗い病室へぽいっと無造作に放り投げる。
　何かの呻きが上がっても、気にした素振りはなく、鼻歌混じりのその医者は、扉を閉めて鍵を掛け。
「ふふふ……患者（クランケ）、増ーえた」
「……そりゃ、良かったね」
　うっとり扉を擦る男に辟易した声を掛けるクァン。
　また歩き始めた背を追いながら、通り過ぎる扉に「悪い」と小さく手を上げた。
「にしても、必要ないってのが、許可が必要ないって意味だったなんて……随分、緩くなったねぇ、アンタ」
　先程の失態を綺麗さっぱり忘れた風体で話しかけたなら、前を行く医者・エンは、男を引き摺ってきた己の肩を、労わるようにぽんぽん叩いた。
「そういうわけじゃないけど……丁度、私が入る時だったから、ついでに入れただけだよ。患者に見舞いの了承得た後じゃ、汚れた外気を余分に入れてしまうし」
「……相変わらず、辛気臭い奴だねぇ。大体、何さ、その格好。噂じゃアンタ、食中毒で自宅療養中だったはずだろう？　だってぇのにその格好……」
　汚れた、と評される中に自分がいると知っているクァンは、エンの格好に難癖を付ける。
　内側まで真っ白で統一された廊下を歩く彼は、白い帯締めの白い着物に、全身包帯を巻いた姿をしていた。
　どっからどう見ても、重傷人である。
　どこが口か分からない包帯に刺さった煙管の位置が、もう少し上だったら、完璧にヤバい仕上がりだろう。
　以前会った時は、もう少しマシな外見をしていたはずなのに。
　口を尖らせて言った割に、段々と、面倒見の良いクァンに心配が宿ってきた。
　そんなエン、ちらり、クァンを包帯の影で一瞥し。
「相変わらず？……どこかで会ったっけ？」
「っの野郎。現存の患者以外は全部忘れやがる、素敵な頭は健在らしいね」
　心配して損した。
　暗に含めても察した素振りなく、エンは立ち止まり、人差し指をぴたりと扉の一つに付けた。
「ここ、シウォン・フーリ。私の患者…………だけど」
　すぼむ声と共に、指がぐりぐり扉を詰る。
「まだちゃんと治ってないから出せないけど――入ってくるんだ。どれだけ止めても」
「……何の話だい？」
「見れば分かる」
　渋々といった調子の溜息一つ、それだけ告げたエンはノックをする。
「シウォン・フーリ。御見舞いが来たよ。入れていいかい？」
「はぁい、どぉーぞぉ？」
「…………ああ、そういうことか。見なくても分かったよ」
　疲弊しきった顔で頷いたクァンは、甘ったれた女の返事を受け、扉の鍵を開けるエンを見つめた。

　開けた途端、クァンの想像では、むっとした熱気とニオイが襲ってくるはずだった。
　が、実際に迎えたのは、廊下とは対照的に、酷く薄暗い室内だけ。
「そーいや、換気設備が整ってたんだっけ、ココ」
「うん。じゃなきゃ、流石の私でも窓を開けるよ」
　いささかげんなりした様子のエン。
　断りにならない断りを入れた彼は、一直線に患者が寝ているはずのベッドへ向かい。
「わぎゃっ！？」
　暗がりの中で何かに蹴躓き、盛大に転んだ。
　受身も取らず、両手を上げた格好で倒れるエンへ、ベッドの上から声が掛かる。
「あらあら、大丈夫、ボクぅ？」
「ちゃぁんと下を見なくちゃ。で、ついでにソレ、片付けちゃって？」
「あと、こっちのもお願いね？」
　そうして手軽に投げられたブツは、比例しない重みで地を打った。
　廊下から差す光の下、白い床に広がるのは、今しがた流れたと思わしき血と――千切れた肉塊。
　暗がりの中で起きたエンは、座り込んだまま後ろの惨劇を見。
「……またか。これで何体目だろ？　シウォン･フーリ。お願いだから、私の病室を汚さないでくれ。掃除が面倒なんだよ」
「ああ。何ならコイツらに掃除させようか？　隅々まで舐めるように」
　どっこらせと立ち上がるエンへ、女たちとは違う艶めく低い声が、同じベッド上から投げられた。
　次いで上がる、「いやん」だの「えー」だの非難ぶる嬌声。
　応酬に呆れるだけのクァンを放り、裾を払うエンは溜息をついた。
「冗談じゃない。勝手に実行された時、本当に舐めてたんだよ。しかも全裸で。全く、君の病室で大人しくしてる分には、私も手を出さないつもりだったのに」
「え……手、出したのかい、アンタが？」
　これには驚き、つい、会話へ参加したクァン。
「見舞い……てめぇか、クァン」
「よっ。見舞いの品はないけどね」
　薄暗い病室の奥に配置されたベッドへは、片手で挨拶を済ませ、興味津々にエンを見る。
　すると彼は、片付けを頼まれたソレの状態を観察しつつ。
「仕様がない。院内はいつも清潔が望ましいから。掃除に巻き込まれて死んじゃったよ」
「あ、そういうこと」
　色事の類を耳にしたことのない相手だったため、幾らか期待したクァンは残念そうに肩を落とした。
　彼女の下世話な思いなぞどこへやら、エンは転がるブツの傍らにしゃがみ込み、引っくり返したり、持ち上げたり。
「さて。こっちは羽渡（ワタリ）……ああ、顔が半分抉れてるからか。それでこれは……合成獣（キメラ）。要素は……ふーん。……喰い掛けだから、値段は落ちるけど……虎狼の頂点の手付きなら、別のトコで売った方が高く売れるか」
「別のトコ？　アンタ、卸してる特定の場所があったのかい？」
　患者に過保護とはいえ、死んだ者の末路は、他の医者の場合と変わらないらしい。
　奇人街では普通のことであるため、クァンは別に惹かれた興味へ首を突っ込む。
　そこへ、呆れたからかいが為された。
「……お前、俺の見舞いに来たんじゃねぇのか？」
「うっさいなぁ。イイじゃない、別に。見舞いの必要ないくらい、アンタ、色々元気っぽいし。ああ、でもコレは返しとく。穴の近くに落ちてたから、拾っといたの」
　そう言ってクァンがベッドへ投げたのは煙管。
　宙に幾度も円を描いたそれは、右腕に纏わり付いていた女を無造作に払って後、乳白色の爪を持つ、シウォンの手に納まった。
　ベッドから弾かれた女は、しどけない姿で、またシウォンへ手を伸ばし。
　青黒い艶やかな毛並みの人狼は、女の勝手を見もせず、手にした煙管をくるくる回した。
「そうか……アイツと落ちた時に」
　暗がりであっても、鮮やかな緑の双眸が、何かに思い耽りゆらゆら揺れた。
　ほとんど捨て置かれた状態に、さして気にした様子もなく、重傷であるはずのシウォンのベッドに居座る女たちは、各々好き勝手に彼の身体へ絡みつき。
　見るとも為しに見た、色々元気っぽい様子には溜息を吐き、それゆえもたらされた惨状へと視線を戻すクァン。
　飽いたら同族以外、腸を喰らう彼の逸話は、左腕を切り落とされても健在らしい。
　今回は周りの女たちも食に加わっているようで、損壊の度合いがいつもより酷かった。
　虫でも湧いていたなら眉を顰めるところだが、元より奇人街生まれ、一度は口にしたことのある食材と化したブツに、クァンが特別思うコトなぞありはしない。
　ゆえに、シウォンとのやり取りの最中でも、黙々と、ブツの痛み具合を調べ、妥当な値段をメモへしたためるエンの返答を待つ。
　恍惚を浮べたまま、削がれた顔の半分から中身をギラつかせる、息絶えたブツを眺めて。
　数分後。
「うん。奥さんのところ。芥屋（シファンク）の」
「……奥さん？」
　こちらを見ないエンの、あまりにもマイペースな言葉に、クァンは首を傾げた。
　別段、質問した内容を忘れてのことではない。
　彼の返答が腑に落ちなかったのだ。
　芥屋という奇異な場所にも首を傾げるべきだが、先に述べられた呼称の方が気になっていた。
　芥屋の、と付くくらいだから、その“奥さん”とやらは、芥屋の店主の伴侶を示す……はず。
　けれど、あの店主をそういう対称として受け入れられる、けったいな物好きなぞ、会った憶えがなかった。
　つい最近、件の芥屋へ行ったクァンが断言するのだから、間違いはない。
　……ある一点を除いては、だが。
　ちらりと掠める嫌な予感を見送れば、それは無視すんなとエンの口を借りて、クァンの頭を殴った。
「そう。今、私の患者やってる、泉・綾音（いずみ・あやおと）、芥屋の奥さん――」
「「はあ！！？」」
　クァンとシウォン、両方の眼が丸くなった。
　驚きに収拾が付かず、判別もつけられない混乱へ、エンはしれっと告白する。
「でね、好きになったから、愛人にして貰っちゃった」
「「なっ……だ、誰が許した！？……まさか！？」」
　片足で地を叩くクァンと、女どもを跳ね除けて身を乗り出したシウォン。
　それぞれ思うところはあれど、まさか、という言葉に続く人物名には首を振る。
　何せ、彼の店主は人間好きで通っている反面、人間以外を徹底して嫌う節があるのだ。
　全身包帯巻きのせいで、何の種族かさっぱり分からないエンだろうとも、人間を自称する割に鼻の利く相手では、嫌味な門前払いをされるのがオチ。
　だが、エンは包帯の面を上げ、傾けた。
「最初は奥さんに言ったんだ。お嫁さんにしてくださいって」
「「いや、違うだろ」」
　呑気に語るエンへは驚きつつも、仲良く否定はするクァンとシウォン。
　しかして、エンは全く気にする素振りもなく。
「そうしたら、イヤって」
「まあ、当然だろうな」
　しゅんとするエンに対し、何故かシウォンが愉悦に満ちた顔で頷く。
　これを、少しばかり憐れんだ瞳でクァンは見つめ。
「じゃあ、愛人にしてくださいって言って」
　めげないエンの突拍子のない発言に呆れた。
「……アンタはどういう思考回路してんだい？」
「そうしたらね、それならワーズさんに聞いてくださいって」
「…………何故？」
　ワーズという名に過剰反応を示したシウォンは、またそぞろ近寄る女を払い、ベッドからエンを睨みつける。
　鋭く歪んだ双眸に気づかず、エンはしばし沈黙、のち。
「そうしたら、店主がね、泉嬢に聞けって」
「……おいっ！」
「堂々巡りだねぇ」
　綺麗に無視されたシウォンは憤り、クァンはやれやれと首を振り。
「でも、奥さん、じゃあお好きにどうぞって言ってくれたから」
「……愛人になったと？」
「そう、愛人」
　クァンが首を傾げたなら、エンも鏡の如く顔を傾ける。
　このやり取りで、大体のことを把握したクァンは、哀愁漂う苦笑を零した。
　が、約一名、全く納得出来ない人物は、その瞬間に、ベッドから猛獣よろしくエンを襲う。
「ぎゃあっ！！？　シウォン！　アンタ、せめて下に何か巻いて！」
　商売柄、その辺に掃いて捨てる男の身体には動じないクァンだが、数多の女を酔わせるという曰くつきの体躯には耐性がないらしい。
　けれどシウォンは、真っ赤に染まりそっぽを向くクァンなんぞお構いなしに、右手一本で締め上げたエンへ怒気をぶつけた。
「ふざけるな！　何が奥さんで愛人だ！　しかもワーズのだと！？　あの小娘は――泉は、俺の女だ！　話を通すなら、まず俺にしろ！」
「ぅ……ぐぅ？　し、シウォン・フーリのっ、お、奥さんっ？」
「っ！！　そ、そうだ……泉は俺の…………っ」
「……なんでそこで赤くなるのかね？」
　逸らしつつも誘惑に負け、シウォンをちらりと覗き見たクァン。
　客商売ゆえ分かる、本来人狼同士でしか分からない赤い頬を認めては、そっと溜息を零す。
　本人不在の妙な修羅場は、そんなクァンすら無視し、シウォンの下で喘ぐエンに新たな展開をもたらした。
「じゃ、じゃあっ、私、愛人に、してっ！」
　……この時点から見たら、絶対勘違いする台詞だね。
　背後の光景は見ず、音声だけを耳にするクァンは、どうしたものかとしばし迷い。
「断る！」
「ぐっ」
　その間にも、首の拘束が強まったらしいエンの呻きが上がった。
　ふと、クァンはあることを思い出して、振り返った。
「あ、そうだ。シウォン、知らないみたいだから言っとくけど、エンセンセーをあんまり虐めると――」
「りゃっ」
「うっ！？」
　ぷすっとシウォンの首に刺さる注射。
「……遅かったか」
　白い髪をかき上げたクァンは、注入された薬により、動けなくなったシウォンの頭上にしゃがんだ。
　一足先に、シウォンの下から脱出したエンは、服を払いつつ文句を言う。
「よくよく考えたら、奥さんは好きにしてイイって言ったんだし、患者とはいえ、シウォン・フーリに了解得る必要ないじゃないか」
「ぐっ…………」
「……そんな目で睨まないでよ。あのね、エンセンセーの痺れ薬は強力なの。なにせ、奇人街の住人を患者として、治るまで長期拘束する人なんだから。だから、気に喰わないってだけで、餓鬼みたいに手ェ出したら、そんな風に自由奪われんの。お分かり？」
　ちょいちょいと頬を突っついても、噛み付くことさえ出来ないシウォンは、クァンとエンを睨みつけるだけ。
　あまり自分の優位を見せつけると、あとのしっぺ返しが怖いと考えたクァンは、さっさと帰るべく立ち上がった。
　以前、似た状態のシウォンをからかったものの、あの時は、奇人街の住人が恐れる影の獣・猫の為した所業だったからだ。
　それが今回は格下相手にこんな姿を余儀なくされ、挙句、エン同様格下のクァンからコケにされたと来た日には……。
　自分の想像がちょっぴり怖くなったクァンは、倒れたシウォンを回収する女たちを尻目に、エンを呼んだ。
「センセー。見舞いも終わったし、帰りたいんだけど、アタシ」
「あ、うん。分かった。でもちょっと待って。どうせなら、コレ、売りに行きたいから」
「へーへー。じゃあ、玄関にいるから」
　後ろ手で包帯男へ手を振る。
　入る時と同じく、出る時にもエンの許可が要る診療所のシステムには、面倒を感じつつ、玄関へ歩を進め。
「そだ、シウォン。お大事に」
「っ…………」
　苛立つ雰囲気を受け、クァンの足が少しだけ速まった。
　だが、考える頭は別に向けられており。
　帰り……寄ってみるかな？
　脳裏に浮べた、芥屋の“奥さん”と称された少女へ、クァンは小さく首を振った。