場所
奇人街(きじんがい)
緩やかな丘の上を縦横無尽に、無計画に建てた家々が固まって出来た街。今も増殖中。
”道”という名の通路があり、どういう仕組みか扉と扉が繋がっているため、遠くへ行くときに利用するのが常識となっている。
近くには凪海と騒山がある。中央を流れる水路は、凪海のもの。
昼間と夜では空気の質が違うため、昼間は人通りが少ない。
夜は蝋燭の揺らめきやネオンの怪しい光に包まれる不夜城と化す。
挙げればキリのない犯罪が一夜にして軒並み揃うのが日常。
幽鬼が徘徊し始めると、水を打ったような静寂に陥る。
奇人街の食卓に上るものは、全て美味。
芥屋
「シファンク」と読む。
様々な食物を扱う店。店主の意向により人間は置いていない。
いつできたのか、店主であるはずのワーズも知らない。
生き字引・ラオの話では奇人街が出来る前からあったらしい。
が、耄碌爺のいうことと誰も信じてはいない。
二階の物置には無限の空間が広がっている。
ワーズ曰く、一人で入ると人間は帰ってこれないそうだ。
実はかなりの権力を持った店で、揃う食材は奇人街でも美味な物ばかり。
ただし、ワーズが偏見持ちで、人間以外を粗雑に扱うため、従業員のいない時に好んで利用する住人は少ない。
洞穴(ほらあな)
奇人街の地下に広がる人狼の縄張りで、造りは地上より繁華にして凶悪。
それでも昼間は不気味な静寂に包まれている。
入り口は地上にあっても店自体が地下にあれば、どこかの縄張りに属することになる。
地下といっても閉塞的な空間ではなく、煌びやかな店が軒を連ねる空は、夜の暗さを演出している。
せせこましい地上とは違い、大規模な建造物も多い。
立ち並ぶ店は地上が食に偏るのに対し、こちらは娯楽に偏っている。
虎狼公社(ころうこうしゃ)
シウォンの群れの洞穴の名。どの洞穴よりも嫌味なほど広い。
娯楽施設の全てを網羅しつつ、中にはインテリ染みた造りの店も多数存在する。
経営者は人狼に限らず、シウォンが認めれば、誰でも店を開くことができる。
人狼が経営している場合、鏡月という鏡が設置してあり、洞穴から望めない月を臨める。
いざこざは絶えないが、長引かせると嬉々としてシウォン以下側近たちが殴り込みにくるため、あまり問題は起こせない。
シウォンが居を構える幽玄楼の他に五つ、群れの有力者の楼がある。
クァンの店
クァンが経営するパブで、虎狼公社の系列。
地上にある出入り口には看板はなく、家と家の間にぽっかり地下へ続く階段が存在するのみ。
仄かな明かりのランプが置かれた、丸テーブルを囲むソファのボックス席が、劇場の座席代わりに配置してある。緩やかな円と坂を描く造りは、劇場そのもので、中央正面には緞帳のような薄い布が幾重にも下がる舞台がある。
重厚さとシックさを兼ね備えた雰囲気を壊さぬよう、クァンの意向で入れるのは狩人とその紹介に預かった者のみ。
ただし、地位としては社長に当たるはずのシウォンは、昔、接待する娘不足を招いたため、入店を拒まれている。
狩人にとってはある種のステータス的な店。
凪海(なぎうみ)
風が吹いても年中波が立たない海。奇人街の住人は凪海しか知らないので、海とだけ呼ぶ。
眩んだような暗い青空が広がり、陽は白くぼやけて見える。
航行は可能だが、釣り糸を垂らして釣れる魚は、どれも一艘で運ぶのは難しい大物ばかり。
逆に魚に喰われる確率の方が高い。
弔いに死体を流すと沖まで静かに運んでいく。その際魚がこれを喰らうことはない。
一説では流れた死体は人魚に生まれ変わると言うが、死体の行き先を知る者は皆無。
砂浜には波が寄せるが、どこから来ているのかは不明。
騒山(そうざん)
奇人街の裏手に広がる、静寂に包まれた四つの山。奇人街の住人は騒山しか知らないので、山とだけ呼ぶ。
四つの山それぞれに四季のある場所だが、変動という現象があり、これに巻き込まれると他の山に飛ばされてしまう。
植物に擬態して獲物を待ち構える生き物が多い。
好き好んで登山に来る者はなく、食材目当てに来たとしても逆に自分が食い物になってしまうことも。
鳥人の儀式で死んだ者たちの死体は、羽を残し、全て消え去る。
一説では死んで羽を失った鳥人が妖精になるとも言われているが、真偽のほどは不明。
秋になると妖精の動きが活発になり、秋の終わり頃まで聴覚が壊れそうになるほど煩い。
”外”(アウター)
奇人街の外側を言うが、厳密には外ではなく内に近い。
奇人街の影のような、しかし表とは一線を隔した場所を意味する。
住人が”外”と奇人街を行き来するには、様々な制約を受けなければ不可能。
ただしワーズは自由に行き来できる。それでも行くのは稀。
人間も同様に行き来は出来るが、幽鬼が現われる確率が奇人街より高く、自分の意思で行って帰ってきたものはない。
奇人街のある場から、別の場へと移動できる。
種族
人間
奇人街において確定した地位を持たない。
伴侶・親友から、下僕・玩具、果ては食料まで様々。
一番弱い種として認識されている。例外は史歩。スエも人間視はされていない。
弱い、という理由から被害に会う確率が高い上に、ほとんどが別の場から訪れるため、圧倒的に数が少ない。
そのため、そこそこ希少種。
猫(まお)
人街の住人にとっては畏怖の対象。
恐ろしい幽鬼を狩ってくれるが、気まぐれで四肢をもぎ取る。全てが遊びなのだから、堪らない。
昔は沢山いたそうで姿も今とはだいぶ違う、とラオが語っている。
現在の猫は芥屋の猫一匹のみ。
数多の食材を得られる店主を持ってして、好物と言わしめる存在。
だが、その強さ故、誰も食べたいとは思わない。
人狼
奇人街の夜を闊歩する一つ。二足歩行の獣。
通常、四、五人以上から為る群れを作って行動する。
奇人街で一番数が多く、地下に独自の”洞穴”と呼ばれる縄張りを持つ。
身勝手ではあるが、頂点を据え、ある一定の秩序に従って動いている。
昼間は人間と変わらない姿で、出歩くのは情報収集の役目を担う者のみである……はずだった。
貪欲な性質で、血と臓物を好む。月見が趣味。
他種にもれず、猫だけは苦手。
鬼火
「キッカ」と読む。
人間に似た容姿と足元まで伸びた髪に、額には小さな角。
気に入らないことがあると一瞬にして体が燃え上がる。
兄貴・姉御肌が多く、人間に対しても面倒見が良い。
普段は異常なほど冷めた性格。
奇人街での数は多くも少なくもない。
死人(しびと)
本当に死んでいるのではなく、生き血を食すためこう呼ばれている。
生き血を食すといっても、スプーン一杯で一ヶ月は満腹。奇人街で一番燃費がいい。
耳が少し尖っており、牙もしっかり生えている。
空腹時、俗に”枯渇”と呼ばれる状態では手が付けられないくらい凶暴になる。
牙は一年周期で生え変わる。これを砕くと良薬となるが、抜ける時期は色んなものに噛み付く。
奇人街での数は鬼火と同程度。
鳥人
夜でも飛行できる眼を持つ。足は鉤爪、嘴も鋭利。羽は出し入れが可能。
好戦的な性格ではない。攻撃は基本、単体で行う。
攻撃時に介入があると、獲物の奪い合いに発展、どちらかが力尽きるまで戦い続ける。
奇人街の裏手に広がる山頂の、切り立った崖から落ちる「成人の儀」がある。
これを終えないと大人と認められないが、失敗が後を絶たず、死者がよく出る。
祖先がとある高貴な種の血を引くため、奇人街ではそれなりに権力持ち。
血筋を守るため、近親婚が多いせいか、種としては少ない方。
合成獣
「キメラ」と読む。
他種族間に生まれる子の中で、双方の優れた能力を兼ね備えた者を言う。
本性が別にあるため、種族も親に依らない。
自身に持ち得ない種族との交配を望むが、伴侶を愛するあまり伴侶に似た箇所のある子を嫌う。
合成獣との子は全て合成獣。
全ての種を兼ね備えた合成獣は無欲となるらしいが、合成獣の血肉は美味なため、そこまで到達する者が少ない。
身の内にある種は全て、食の対象となる。
混血
合成獣とは違い、他種族間に生まれても、どちらか一方の親の能力を受け継いだ者を言う。
本性はその種族に属するため、あまり差異はないが、性格の面で若干の違いがある。
それが本性を倍増させるものか、本性を相殺させるものかは両親の種による。
混血はそれなりに珍しがられるが、差別的なものは奇人街という場所柄、一切ない。
羽渡
「ワタリ」と読む。
隠者
「イコルパ」と読む。
幽鬼
「クイフン」と読む。
人間を好んで食す。腹が減っていれば奇人街の住人も喰らう。
猫の大好物。
皮膚は生白く、触るとしっとりひんやりした妙に気持ちの悪いもの。
人間の四肢だけが伸びきった、のっぺりした体。指は細くしなやかで、関節が無数にある。
顔には充血しきった目玉が左側の縦に一つと、やたら歯並びの良い肉のない口。
体臭は甘ったるい花と濃密な血が混じった、不快な匂い。
大半の者に恐れられる半面、高級食材として死体が取引されている。
肉は柔らかく上品な甘みで、骨は髄までうま味がある。
内臓はすぐ腐れてしまうが、新鮮なものだと酢じめで喰うのがうまいそうな。
目玉は干して煎ずると薬になり、頭をかち割ればむせ返るような匂いの、濃厚な甘い蜜がでろりと出てくる。
血を調味料として使うとさらに美味。
人魚
「メイリゥニ」と読む。
美しい女の姿で美しい歌声を響かせ、これにつられた者の魂を喰らう。
声が枯れると姿も枯れ、終いには文字通り海の藻屑となって消え去る。
魔性の女の代名詞でもあるが、恐ろしく惚れっぽい。種族は関係ないらしい。
恋に患うと枯れても気づかず、相手に近づきたい一心で陸に上がる。
この時の姿は幽鬼のように白くのっぺりした女のもの。ただし食材としては使えないようだ。
妖精
「ヤオシン」と読む。
腰の折れた格好にマントのような影を纏っている。
中身と区別されるものはない。空洞の存在。
歩くとざりざりという錆びに似た音がする。
普段は奇人街裏手にそびえる山におり、街に出てくることはほとんどない。
出会った者をどこまでも追いかけ、影の中に包みこもうとする。
影に包まれた者がどうなるかは、誰も知らない。
繰人
「ミョクシ」と読む。
食人者のコレクションのこと。食人者の好みによるため、種族は関係ない。
繋がりを喰った食人者に絶対の服従を大抵強制でさせられている。
傷ついても死ぬことがなく、改造により能力を本来の限界以上、引き出すことが可能。
ただし、苦痛は感じる。
食人者がこれを捨てると幽鬼になる、とも言い伝えられている。
食人者
「タンツェ」と読む。
食人といっても、喰らうのは対象の繋がり。
しかし、繋がりの姿はその対象を模した物なので、人食いにしか見えない。
人間の姿をしていることが多いが、正体がどんな姿なのかは不明。
何かしらの収集癖があり、繋がりを喰らうのはそのため。
喰われた人間が他の場所に来ると、元の場所には戻れなくなる。
食人者が死ねば繋がりは取り戻せるが、時間までは元に戻らない。
狩人
「タリシ」と読む。
奇人街で一番上の称号。
種族によって扱う武器の違いはあるが、どれも幽鬼を一撃で殺せる者ばかり。
ただし、ここまで上り詰めるにはそれ相応の能力がなければいけない。
史歩も相当するが、自分は武人であると頑なに称号を拒んでいる。
昔はある一人を差す言葉で食人者の唯一の天敵であった、とラオが語っている。
食物
三大珍味
奇人街においての珍味で、その味は誰もが唸るほど美味。
裂肝鬼・恋腐魚・影解妖の三種を差す。
希少価値は恋腐魚が群を抜いて高い。次点が影解妖。
裂肝鬼は狩人であれば、割と簡単に手に入る。
裂肝鬼
「キィカンフン」と読む。
恋腐魚
「リゥフゥニ」と読む。
影解妖
「インツィーヤオ」と読む。
※詳細は妖精の章以降に追加。珍味においては読みのみ。何かしらの伏線ではありません……たぶん。
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