オーソドックスな

 

 昔々、あるところに、赤いずきんが大好きな女の子がいました。
 いつもそのずきんを被っているので、女の子は皆から「赤ずきんちゃん」と呼ばれていました。
 勿論、いつも、といっても毎日同じずきんを被っているわけではありません。
 ちゃんと色や形が同じずきんを数枚揃えているため、衛生面での心配はありません。
 手洗いも出来て、丈夫で長持ちするずきんは、経済的です。

 話は打って変わって、そんなある日のこと。

 村はずれの森の中で暮らす、赤ずきんちゃんのお祖母ちゃんが、病気になってしまいました。
 病気になったのなら、大人しく村へ来れば良いものを、何故かお祖母ちゃんは森から出てきません。
 赤ずきんちゃんには親切な村人も、わざわざお祖母ちゃんを迎えに行ったりはしませんでした。
 ついでに言えば、赤ずきんちゃんのお母さんも全く気にしていません。
「ねえ………………………………………………………………………………お母さん。お祖母ちゃん、大丈夫かしら?」
 誰も気に留めないお祖母ちゃんを思い、心配する赤ずきんちゃん。
 物凄い沈黙を破ってお母さんと呼ばれたお母さんは、身を捩りながらしきりに褒めた後で、こう言いました。
「ふむ。気になるなら、赤ずきんがお見舞いに行ってくれるかな? お――母さんは色々と忙しいから」
「う、うん」
 野太い声に気圧されつつ頷く赤ずきんちゃん。
 一般家庭にあるまじき華美な指輪を全指に付けたお母さんの手が、質素な籠を差し出しました。
 煌びやかな手から渡されたため、余計ボロっちく見える籐の籠には、布が被せられており、中にはパンとぶどう酒、チーズが入っています。
「……お祖母ちゃん、病気……だったよね?」
 病人を舐めているとしか思えないメニューのチョイスに、絶句する赤ずきんちゃん。
 水分を取るばかりの見るからに固そうなパンと、弱った身体に鞭打つようなアルコール度数の高いワイン、確実に胃もたれを引き起こしそうなチーズ。
 お祖母ちゃん、という単語が表す年齢すら無視した、ちょっとした殺意を感じるお見舞いの品々です。
 どちらかと言えば、酒呑みに好まれる気がしました。
 だらだら背中を流れる冷や汗を感じつつ、控え目に赤ずきんちゃんは言いました。
「ええと、じゃあ行ってきます……………………………………………………………………お母さん」
 抵抗を押し退けて赤ずきんちゃんが頭を下げたお母さんは、身をくねらせると両手を広げて抱きつこうとしました。
 見送りのキッスと突き出された唇は、ぶよぶよしていて、見るに耐えない気持ち悪さです。
 咄嗟に赤ずきんちゃんは、唸る左ストレートをお母さんのみぞおちにキメてしまいました。
「ふぐっ……ぐ、ぐっじょぶ、赤ずきん」
「い、行ってきます」
 親指を突き出してばたりと倒れたお母さんへ、赤ずきんちゃんは罪悪感を抱きつつも、ほっとし小さく手を振りました。

*  *  *

 森にあるお祖母ちゃんの家まで続く小路をとぼとぼ歩く赤ずきんちゃん。
 他に通る人もいないため、私道もいいところのそこは、出来すぎなくらい整備されています。
 雑草も鬱蒼と生い茂る森と路を区切るように、綺麗な生え方をしていました。
「……あの、シ――じゃなかった、ナレーションさん」
 うわ、駄目ですよ、泉の――じゃなかった、赤ずきんちゃん。
 シ――じゃない、ナレーションは今、ナレーションの真っ最中なんですから。
「いや、そうなんだけど……その、あんまりお話につっ込みを入れるのは良くないと思うの。それはそういうものだと納得して、うまくお話を誘導してくれないかなぁって」
 なるほど。
 今度から気をつけますね。
「うん、お願いね」
 送り出したお母さんの、お祖母ちゃんに対する思いが素っ気なく寂しかったのか、赤ずきんは時折独り言を喋っていました。
「…………そ、そうやってお話を戻すのね」
 見上げれば、緑の天井が広がり、隙間からは柔らかな陽光と雲一つない青空が覗きます。
 そよぐ風は木々を揺らして、漣のような音を響かせ、赤ずきんちゃんの心を和ませます。
「……いい天気」
 愛らしい唇から吐息のような声が零れます。
 心地の良さが為せる業か、赤ずきんちゃんの喉を綺麗な旋律が通ります。
 奏でられる曲は静かな森に染み渡り、惹き寄せられた動物たちが、次々木の陰から姿を見せました。
 どこからか小鳥が一羽、唄声を求めて訪れ、赤ずきんちゃんの前で羽ばたき続けました。
 つと、しなやかな動きで赤ずきんちゃんが指を差し出せば、小鳥は柔らかくそこへ降り立ち、赤ずきんちゃんの音色に合わせて喉を震わせます。
 可愛らしいその様子に赤ずきんちゃんはふんわり微笑みかけ、唄を保ったまま歩みを再開しました。
 これにつられる動物たち。
 しかし、その姿は段々と減ってゆきます。
 あわせて、森の景観が暗く歪んだものへと変化し、指の上で唄っていた小鳥までもが飛び去れば、あとには恐ろしいまでの静寂が辺りを包み込んでいました。
 お祖母ちゃんの家へ行く路にしては、おぞましいことこの上ありませんが、赤ずきんちゃんはこの先、確かに目指す家があることを知っています。
「だ、大丈夫よ」
 急に心細くなった赤ずきんちゃんは、籠を胸に抱き締めながら、自分に言い聞かせます。
 それでも一歩進む度、辺りを警戒してしまうのは、偏に、恐ろしいお話をお母さんから聞いていたからです。
 それは、森には恐ろしい狼がいる、というお話でした。
 これから一人で行かねばならない赤ずきんちゃんに、なんと酷なお話をするのでしょうか。
 しかも、分かっているなら、一人で行かせようとしないで欲しいものです。
 せめて指輪の一つでも売り払って、用心棒を雇うべきだと思います。
 けれど健気な赤ずきんちゃんは、非情なお母さんを恨むことなく、病気のお祖母ちゃんの下へ歩いていきました。
 すると、そんな赤ずきんちゃんの下へ近づく――どころか駆け寄っては、攫うように抱え上げ、丁度陽の差し込む花畑へ押し倒す影があります。
「うきゃっ! へ? え? ちょ、ちょっと待って! こんな展開聞いてない! って、ひゃっ!?」
 ぺろりと首元を舐められた赤ずきんちゃんは、逞しい胸板を押し退けては、その顔を見て目を丸くしました。
「あ、あなたは、シウォ――じゃなかった、狼さんですか、って、や!」
 頬へ落とされた唇に、身を縮ませた赤ずきんちゃんを尻目に、突然表れた狼は身体を起こすなり、まだ混乱する赤ずきんちゃんを引っ張り上げて抱き締めました。
「遅いぞ、小娘。いつまで俺を待たせる気だ」
「あの、その、えっと、すみません――て謝る必要ないじゃないですか!」
 キッと赤ずきんちゃんが顔を上げたなら、狼の緑の双眸が熱に浮かされ揺れまくります。
 耐えられないとばかりに額や鼻先、耳や目尻など等、唇以外、顔の至るところへ狼はキスをしました。
 最後に食むような口付けを顎下へ施し、軽いスキンシップを馴染ませるように、狼は赤ずきんちゃんの頬を撫で回します。
「……とりあえずはこれで我慢しといてやる。なんせ“これから”だからな?」
 同意を得るかのように狼の手が、赤ずきんちゃんの顎をつまみ、親指の腹で赤く色づく下唇をなぞります。
 畳み掛ける狼の攻撃に為すすべもなかった赤ずきんちゃんは、艶やかな誘う目に胸を高鳴らせてしまいました。
 体重全てを預けてしまうまで弛緩した身体は、目を細めた狼の顔が近づいても、拒絶することなく、逆に待ち望むかのように青黒い衣にしがみつきます。
 顎から手が離されても、赤ずきんちゃんの顔の角度は狼を望んだままです。
 一瞬だけ、当惑する情けない表情が、いつもは不遜な狼に宿りますが、熱い息を吐いてはこれまた珍しい優しい顔つきに変わりました。
 額を突き合わせ、赤ずきんちゃんのこげ茶の瞳がゆっくり閉じられます。
 鼻が当たれば、狼は角度を変えて下から掬い上げるように、赤ずきんちゃんの唇へ自分の唇を近づけていきます。
「って! 何やってんだっ!!」
「っぐ!?」
 そこへ、お邪魔虫の灰色狼が、重なりかけた二人の影を引き剥がしては、青黒い狼の腹へ蹴りを見舞いました。
 灰色狼はちゃっかり赤ずきんちゃんの肩に腕を回しています。
「あーっと、赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん」
 ぺちぺち遠慮なく、軽く頬を張る灰色狼。
 ぼんやりした潤む焦点があったなら、赤ずきんちゃんが違う狼の姿にびっくりします。
「……あ、れ? 狼さんはランさん? あれ? シウォンさんは?」
「うわっ、名前出しちゃ駄目ですって!」
「あ。す、すみません――――あぅ、わ、私今何を?」
 灰色狼の的確な指示のお陰で、自分を取り戻した赤ずきんちゃんは、つい先ほどまでやろうとしていた行為を思い出して顔を真っ赤に染めました。
 これに対し、灰色狼が種明かしをします。
「安心してください。あれは別に泉さんが望んだわけじゃありませんから。あの人、出番前に煙を思いっきり吸ってて、それで――」
「いつまで気安く肩を抱いてやがる!」
 説明の途中で赤ずきんちゃんの視界から、灰色狼が消し飛びました。
 代わりに逆の位置で赤ずきんちゃんの肩を抱いたのは、青黒い狼です。
 お花畑を抉った灰色狼を敵意剥き出しで睨んだ青黒い狼は、赤ずきんちゃんへは熱の籠もった目を向けようとして固まってしまいました。
 疑心暗鬼にかられている目がそこにはありました。
 先ほどまで自分を求めてくれていた、今は離れようとする手の存在を知り、青黒い狼の顔は灰色狼より冴えないものになっています。
「……悪かった。謝る。この気に乗じて姑息な手段を取ってしまった……だから、そんな目で俺を見るな。そこまで嫌がらないでくれ」
 肩から腕を離した青黒い狼は、むくれる赤ずきんちゃんの正面へ向かうと、柔らかな頬を両手で包み込みました。
 それからそっと、なるべく負担がかからぬよう、自分の方へ赤ずきんちゃんの顔を向けさせます。
 中腰の辛い姿勢を維持したまま、細心の注意を払う青黒い狼でしたが、赤ずきんちゃんの顔は見られても背けられたままの目に哀しみ、その肩へ額を押し付けました。
「すまなかった……許しておくれ。見るなとは言ったが、そんな意味じゃない。……蔑みでも構わん。俺を見てくれ。嬉しかったんだ。お前にこうして触れられる役回りを与えられて。強引な手ではなく、流れとして」
「……狼は元々強引だった気がしますけど?」
「だとしても、お前は拒まないはずだろう?」
「……そんなことのためだけに、そんな格好したんですか?」
 赤ずきんちゃんの眼がようやく青黒い狼を捉えれば、緑の目には喜悦が宿るものの、顔は顰められてしまいます。
 それもそのはず、青黒い狼の頭には不恰好な三角耳と、歪な尻尾、足には可愛らしい四本指の着ぐるみ、手には可愛い肉球グローブがついているのです。
 青黒い服も全体的にぽてっとした造りで、どれだけ顔が良くても、身長が高くても、否応なく情けなく映ります。
「…………やっぱり見ないでくれ」
 すっかり赤ずきんちゃんのペースに陥った仕様もない青黒狼は、所在なく視線を彷徨わせ、何かに気づいてお花畑を指差しました。
「あー……その、赤ずきん……ちゃん」
 抵抗を感じつつも、親しみを込めネコ撫で声で赤ずきんちゃんを呼び、今までの暴走をなかったことにしようとする青黒狼。
 けれど不細工な両耳は心情を表して伏せられ、頬には恥じ入る朱が浮かんでいます。
「お、お花畑で花を摘んではどうだろうか。お祖母ちゃんもきっと喜ぶぞ?」
 お、お花畑……お花畑ですって!
 なんて似合わない台詞でしょう!
 ナレーションを笑い殺す気ですか、この狼! さすが人でなし!
「ナレーションさん、ナレーションさん」
 はっ、す、すみません、赤ずきんちゃん。
 ええと、気を取り直して、ですね。
 狼の提案に赤ずきんちゃんは嬉しそうに手を叩きました。
「それは良い案ですね。では、早速――――あの、お花を摘みたいんで、避けて貰いたいんですけど、狼さん」
「ぐっ…………あ、ああ」
 赤ずきんちゃんの穢れを知らぬ微笑みに当てられ、穢れまくった狼は不審な動きをみせましたが、軽い拒絶で我を取り戻しました。
 ぎらぎらした目で赤ずきんちゃんを見つめつつ、喉を必要以上に鳴らしては去っていきます――。
 去っていきました……。
 去っていくのです、シウォンのおっさん!
「……し、シウォン、ほら、次の場面があるだろ?」
「…………言われずとも、分かっている」
 灰色狼へ鋭い眼光を向けた青黒狼は、お花畑でお花を摘む赤ずきんちゃんを、もう一度だけ視界におさめます。
「……待っていろよ。後で必ず、お前を頂く」
 愉悦に浸り、ようやく去っていく狼。
 赤ずきんちゃんは一度身体を震わせては、狼‘sが消え去った方向を見、溜息をつきました。
 言い忘れていましたが、赤ずきんちゃんは人気者なので、色々と競争率が高かったりします。
 元の設定ではもっと幼い女の子っぽいですが、そう考えると、ロリコンばっかな世界観ですね。
 やってられません。

*  *  *

 そんなこんなで赤ずきんちゃん、青黒狼のせいで引っくり返ってしまった籠の中へ、色彩豊かな花束を入れました。
 相変わらず素っ気ない内容に加え、泥まで被った品々は、お花のお陰でだいぶ見れたモノになっています。
「あ、ようやく見えたわ。お祖母ちゃんのお…………家……?」
 鬱陶しい森が開けた場所に立つ、いかにも何かあります的なレンガ造りの家が、お祖母ちゃんの家でした。
 しかし、病でお祖母ちゃんが臥せっているはずの、お見舞い客すらいないその家は、本来あるべき静けさを保っていません。
 どたん、ばたん、乱闘の音がします。
 恐る恐る赤ずきんちゃんが近づけば、「グルゥ」という唸り、「ぐっ」という呻きが聞こえてきました。
 ビクつきながらも、ドアノブへ手を伸ばす赤ずきんちゃん。
 なにせ、扉向こうでは、見舞い客が誰一人として来てくれない、大好きな大好きなお祖母ちゃんが臥せっているのですから。
 ぎゅっとノブを握り、深呼吸。
 開けようとしたなら、いきなり誰かが後ろから抱きついてきました。
「きゃっ! あ、ワ――じゃなくて、か――むぐっ」
「御免ね、赤ずきんちゃん。ボク、そう言われたくないんだ。だから名前は呼ばなくていい。お願いするね?」
 見上げる赤ずきんちゃんの顔を覗き込んでそう言ったのは、森に住む衣の猟師です。
「ああ、そういう言い方もあったっけ。んじゃ、赤ずきんちゃん、ボクのことは猟師って呼んで?」
「あ、はい、猟師さん……それで、あの、私、中に入りたいんですけど」
 言いつつ、徐々に赤らんでくる赤ずきんちゃん。
 それもそのはず、猟師は赤ずきんちゃんの唇の上で、さっきから諭すように喋っているのです。
 もう少しで、口付けてしまいそうなほどの近さです。
 けれど甲斐性なしの猟師は、そんな赤ずきんちゃんのことなど露知らず、離れては手を差し伸べました。
「赤ずきんちゃん、その前にちょっと、こっち来て?」
「は、はい」
 赤くなった顔を叩いた赤ずきんちゃんが手を取ると、猟師はゆっくり、ドアの近くにある、中の様子が伺える高い窓へ誘導します。
「ほら、ご覧?」
「……あの、見えないんですけど」
「そ? んじゃ」
「うひゃっ!?」
 全く色気の感じられない声を上げた赤ずきんちゃんは、いつの間にか猟師の腕の中で身体を横たえています。
「これでどう?」
「は、はぃ! 見えます!」
 こてっと首を傾げる至近の美貌に、赤ずきんちゃんは慌てて窓から中を伺います。
 しかし、固定されていない猟師の身体は、必要以上に右へ左へ揺れるため、あまり長く抱えられては酔ってしまいそうです。
 それでも、どうにかこうにか、伺えた赤ずきんちゃんは、展開されている光景を目の当たりにして、口を覆いました。
 お家の中では、先程会った狼がお祖母ちゃんに押し倒されていました。
 青黒狼よりも黒い、影のような靄を纏ったお祖母ちゃんは、赤ずきんちゃんに気づいて、金色に光る目を細めます。
「ガウ」
 よく来たね、赤ずきん、見舞いの品はドアの横に置いといて、という意味を凝縮した声が発せられ、赤ずきんちゃんはこくこく頷きました。
「くっ……」
 狼も赤ずきんちゃんに気づき、助けを求めるよう手を伸ばしますが、それはべしっとお祖母ちゃんの逞しい肉球に踏まれて遮られました。
「じゃ、帰ろうか」
 唐突に猟師が提案し、赤ずきんちゃんは下ろされます。
 青褪めつつも、お祖母ちゃんに言われた通り籠を置いた赤ずきんちゃんは、思案顔でドアを見つめます。
 伸びたり引っ込めたりを続ける赤ずきんちゃんの手。
 じっと見ていた猟師が言いました。
「あのね、赤ずきんちゃん。心配しなくても、お祖母ちゃんは狼を殺しやしないよ? 残念だけどさ」
「本当、ですか?」
「うん、本当。だってこれは、赤ずきんのお話なんだし。お祖母ちゃんは絶対、狼を殺さないでしょう?」
 へらへら真っ赤な口が笑うと、赤ずきんちゃんはしばらく扉を見つめましたが、やがて諦めてしまいました。
 開けたところで自分に出来ることはないと悟ったためです。
 一抹の虚しさを抱える赤ずきんちゃんを迎えた猟師は、ここまで来るのに疲れてしまった身体を抱き締めます。
「お疲れ様。大変だったねぇ。狼からマーキングまでされちゃって。近くに泉があるから、そこでボクが洗って上げるよ。念入りに」
 歪な優しさを装う不穏な言葉を猟師は吐きますが、心身共に疲労困憊の赤ずきんちゃんは気づかず、無謀にも首を縦に振ってしまいました。
 猟師は満足そうに笑って、赤ずきんちゃんの顔を胸に埋めます。
 大人しい赤いずきんを脱がせては、現れた長いクセ毛を楽しそうに梳く猟師。
 その目が細く、お祖母ちゃんの家を捕らえました。
「そう。お祖母ちゃんは狼を殺さない。だって、狼を殺すのは――――」
「猟師さん?」
 不気味な気配を感じたのか、赤ずきんが顔を上げました。
 猟師はふんわり笑っては、髪を一掬い、唇を落とします。
「ん。じゃ、行こうか、赤ずきんちゃん?」
「はい」
 肩を抱かれながら森へ向かう赤ずきんちゃん。
 一度だけ、猟師が振り返りましたが、シルクハットに隠れたその表情から窺い知れたのは――。

 いつもの赤い、微笑だけ。

 

 


UP 2008/10/16 かなぶん

あとがき
どっちに転んでも、結局大変な泉。
演劇を装いつつ、最終的に彼女がどうなったかは…
ご想像にお任せ致します。
ちなみに猫は、思わぬお見舞いに喜んでいます。
手厚い歓迎のつもりなので、悪気は特にありません。

2009/9/1

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