生まれて間もなく父が蒸発。 母は幼少の頃に男と逃げた。 そんな経緯で施設へ預けられた、数年後。 苦もなく、かといって楽もなく迎えた十五の誕生日、彼女に捧げられたプレゼントは―― 莫大な借金。 顔も知らぬ、あるいは忘れてしまった両親が、揃いも揃ってどこぞで調達してきたソレは、何の因果か彼女の身に圧し掛かってきた。 跳ねつけようとしたところで金のない少女に伸びる弁護の手はなく、正式な手続きも取れないまま、彼女は持ちうる全てを失う。 自分すら、知らぬ金に食い潰されて。 けれども。 絶望に追い立てられるようにして連れて行かれた豪邸で。 応接室にて相見えたその男はつまらなさそうに問うた。 曇天が広がる大きな窓を見上げながら。
「……それで? 君は自分に、どれだけの価値があるというのかな?」
「……は?」 酷く不鮮明な声音は訝しむ少女を無視して続け様、こうも言う。 「つまりはさ、抵当を差っ引いた金額分で君はボクに買われたって事なんだけど……若いだけが取り柄みたいな小娘風情に、どれだけの価値があると思っているのかなって」 「んなっ!? わ、私は……」 今もどこかで平然と暮らしている身勝手な両親から、関係ないはずなのに借金を背負わされた挙句、どうしてそんな事を言われなければいけないのか。 吐き出したい文句は山ほどあれど、尻すぼみ、きゅっと閉じられた唇は震えるのみ。 確かに男の傍若無人な言葉に腹は立った。 だが、それと同時にその言葉は、長年少女が自身へ問うていた事でもある。 子どもの重みに耐えかねて、いなくなってしまった事さえ辛いのに、他と比べて捨てられる、そんな自分にどれほどの価値があるというのか。 言葉に詰まって俯けば、面倒臭そうな溜息を引き連れて男はゆっくり振り返った。 上等な絨毯を踏みつける黒い靴が近づくのを視界に納め、顔を上げた少女に対し、初めて顔を付き合わせた不気味な色彩の男は、片眉を上げてへらりと笑った。 病的とは違う、白い肌を持つ黒いマニキュアの手で彼女の顎を掴み上げながら。 「だから、ねぇ? 君如きに手間を掛けるのも何だから、一つ、賭けをしようか。一年、時間をあげよう。もしその間に君が、君を買った金に見合うだけの価値を自分に見出し、それをボクに証明できたなら、その時は借金をチャラにして上げる。……だけど出来なかったら、その時は君の若さが通用しなくなるまで金額分働いて貰う。勿論、買われた君に拒否権はないけど……一応、聞くよ。どう? やるかい?」 少女を嗤う混沌の瞳。 なれどその実、瞳に映るのは少女だけ。 何の感情もない言葉に彼女は、自分の意思で頷いてみせた。
借金が無効になる――それ以上に、己の価値を見出せという言葉に惹かれて。 |
UP 2010/4/9 かなぶん
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