常夜ノ刻 10

 

 ドワーフ似の男の名を「工」(たくみ)という。

 表に掲げられた看板の通り武器の職人である彼は、恍惚に頬を染めた娘と共に彼女の自室へ向かった「夜」を愚痴りつつ、店奥の自宅の居間へと里璃を招いてくれた。

 たぶん、主人に置いてけぼりを食らった里璃を不憫に思ってくれたのだろう。

 途中、ランプに照らされた室内を歩いて気づいたのは、ランプだけしかないと思っていた窪みに一つずつ、手の平に納まるサイズの装飾品が置かれている事だった。

 どれも里璃の指輪と同じく、宝石と見紛う石が嵌め込まれており、その全てが魔力の結晶だと思えば、トヒテから教えられたその性質が頭の中で再生されていく。

 魔力の結晶化には魔力と魔法技術が必要であり、結晶化した後の色と輝きは前者が属性を、後者が力の度合いを示している。

 このことからランプの下にある宝石然の結晶は、それぞれ異なる属性の、どれも類稀なる魔力を内包しているのだと分かる。

 が、しかし。

 この中のどれか一つでも結晶化が不完全だった場合、漏れ出した魔力が他の結晶の魔力を誘引、異なる性質を持つ魔力が混じり合う事で、暴走してしまう危険性もあった。

 最悪、周辺一体を焦土と化すような爆発が起こるとまでいうのだから、こんな風に結晶を置くのはある種の自殺行為。

 このため、

「……よく、こんなところで暮らしていられますね」

 「工」、あるいは彼の娘用なのだろう、里璃には若干狭い台所のある一間中央、勧められた椅子に座った里璃は、ぽつりとそんな感想を口に出した。

 すると茶を入れるため台所に立った「工」が、やかんに火をかけてから不機嫌な顔を向けてきた。

「おう、悪かったな。こんなところで」

「へ? あ、いや、そういう意味じゃなくて」

「ああ? なら、どういう意味だって?」

「ま、魔力の結晶がたくさんある中で、っていう意味だったんですけど」

 座れば近くなる背に気圧され、半ば仰け反る里璃。

 対し、表情をぴたりと固まらせた「工」は、気まずそうに顔を逸らすとやかんへと向き直った。

「そうだよな。お前さんは領主様とは違うんだよな……嫌味じゃなかったってのに悪い。あの方はお得意様だが」

「い、いえ。私の言い方もあまりよくありませんでしたし」

 ずんぐりとした背中をしゅんと丸める「工」に、里璃は見えないと分かっていながらも両手と首を振って、「気にしないで下さい」と言った。

 しばらく続く沈黙。

 かと思いきや。

 ――んっ……はあっ……

「ぇえっ?」

「だあもうっ、クソ!」

 甲高い悲鳴にも似た甘い音色が店と扉の間にある階上から響き渡り、硬直するしかない里璃とは対照的に、怒り肩の「工」が店へ続く扉を荒々しく閉めた。

 途端に何の音も届かなくなる扉の防音効果には内で感心しつつ、表で顔を引き攣らせた里璃は、扉前でふるふる肩を震わせる背へ、どう言ったものか分からず視線を彷徨わせるばかり。

 程なく振り返った「工」は、頭痛を堪えるようにぼさぼさの頭へ手を突っ込むと、遣る瀬無い溜息を吐き出した。

「何度も悪ぃな、別嬪さん。久々だったもんで、扉を閉めとくのを忘れちまった」

「い、いえ……だ、大丈夫ですか?」

 思わずどうしようもない質問が口をつく。

 未だに意図は掴めないが、「夜」がここを訪れたのは里璃が嵌めている指輪を求めての事。

 原因のつもりは全くなくとも、何となく気が重かった。

 とはいえ言った後で失敗したと思った里璃、けれども彼女をちらりと見た「工」は苦笑混じりに首を振った。

「ああ、大丈夫さ。お前さんの顔色よりは」

「え、顔?」

 指摘を受けて顔にぺたぺた触れる里璃へ、息を一つついた「工」はやれやれと首を振った。

「その様子じゃ、領主様の戯れを知ってはいても、直に聞いた事がないんだろう? 真っ青だぜ、お前さんの顔。……って事は、あの方に仕えてそう日も経っていないのか」

 最後は自問自答のように括った「工」。

 惑う里璃に背を向けてはやかんを下ろし、お茶菓子と共にアンティーク調のティーセットをテーブルまで運んでいく。

 

 

 

 使うコンロの形は里璃のマンションにあるものと同じだが、火を起こすために必要な物はガスや電力ではなく、鈍く燃える石炭状の結晶である。

 これへ微量の魔力を加える事によって火力調節、もしくは火を消すのだという。

 無論、元々魔力がない上に扱い方を知らない、それどころかチョーカーを引き千切ったせいで魔力が減る一方の里璃には使いこなせないコンロだが、口内を満たす紅茶の味には特別な風味は一切なかった。

 否、普通に美味しかった。

「……美味しい」

「そうか。そりゃ良かった」

 素直に感想を述べたなら、向かいに座った髭面が柔和に笑う。

 会って間もないのに思うのも難だが、初めて見る「工」の笑い顔の珍しさから、里璃の目が丸くなった。

 すると「工」は自分がどんな顔をしたか理解した風体で恥ずかしそうに目を逸らすと、上品な紅茶を淹れる時も外さなかった厚い皮手袋で、器用にティーカップの細い取っ手を掴んだ。

 格好の通り荒々しく飲み干すのかと思いきや、こくりと小さく喉を鳴らして一口。

 静かにカップ皿へ置いては、クッキーやカップケーキの入った皿を手の平で示した。

「食え。コイツもそこそこいけると思うぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 粗野なイメージが先立つ容姿の割に、一々動作が洗礼されている「工」を見て、微笑ましいと緩みかける頬を内で噛みながら、里璃はクッキーに手を伸ばした。

 空色のどんぐりがじーっと見つめる中で一口頬張れば、さくっと軽い口当たりの後に広がるほのかな甘みに、思わず口元を押さえて目を見張った。

「美味しい……すっごく美味しいです、これ」

「そうか。そうかそうか。な、ならこっちのケーキはどうだ? コレもいけると思うぞ?」

「はい。是非に」

 にっこり笑って請け負い、勧められるがままにカップケーキを口にしたなら、これまた繊細な味わいに黒茶の瞳がキラキラ輝いた。

「うわっ、こっちも美味しい! 凄い! こういうのを職人芸って言うんでしょうね」

「そ、そこまで言われると照れ臭いぜ」

 感心仕切りに褒めちぎれば、髭の中から覗く地肌を薄っすら赤く染めた「工」が鼻の下を擦り。

「お菓子作り上手なんですね、娘さん!」

「作ったのは俺だ……」

「……へ?」

 絶賛のピークで想像した製作者の姿を上げたなら、一気に気分を下降させた「工」が苦い顔つきで下を向いた。

 想像の斜め上をいく真の製作者の言に里璃が惚ければ、「工」は益々肩を落として深い溜息をついてしまった。

「いいさ、別に。そりゃそうさ。誰も俺が作ったなんて思わねぇよな。お前さんも笑っていいぜ? んなむさ苦しい容姿のくせして、ちまちました事が好きなんて馬鹿だってよ」

「え、え、え!? そ、そんな事思いませんよ? それはまあ、正直意外だとは思いましたけど」

「だろ?」

「で、でも、本当に美味しいですよ? というか逆に納得しました。だって紅茶の味も凄く上品なんですから!」

 何かしらの古い傷口を抉ってしまった、と「工」の様子から察した里璃は、落ちてしまった彼の気を持ち上げるべく、あれこれ言葉を探して告げていく。

 勿論、そこには嘘偽りのない里璃の本心だけがあり。

「あーもう、分かった分かった! その辺でやめてくれや、別嬪さん! あんま褒められっとケツが痒くなっちまってしょうがねぇ!」

「あ、はい。すみません」

 照れ隠しなのだろう、椅子には座ったまま身体ごと顔を逸らした「工」は、ぶっきらぼうに言い捨てると腰の辺りを掻きかき。

 煩わしそうな雰囲気とは裏腹に、ぼさぼさの臙脂の髪から覗く、ヒトのそれより丸い耳が真っ赤に染まっているのを知っては、里璃の頬が少し緩められた。

「えっと、これ以上褒めたりしませんので」

 前置いた里璃は逡巡数秒。

 心に決めては堪えもせずに唇を笑ませ。

「この素晴らしく美味しいお手製のお菓子と紅茶、頂いていても構いませんか?」

「っ! あ、あのなっ!…………ああ、いいぜ。くそっ。領主様が領主様なら、お付もお付で人が悪いなっ!」

「ふふ。ありがとうございます」

 ちょっとした悪戯心に見事に嵌ってくれた「工」が、完全に不貞腐れた背中を向けてくる。

 それでも赤くなる耳は里璃の眼を和ませ、何度口にしても飽きの来ない菓子や紅茶は、現在二階で進行中の主人と娘のエトセトラを、意識から完全に取っ払ってくれていた。

 

 

 

 

 

「……それにしても、あの領主様が男の従者を傍に置きなさるとは。しかもそんな得物まで贈られるなんざ」

 そんな言葉を「工」がぽつりと呟いたのは、ティーカップの中身が丁度カラになった時だった。

 ナプキンで口元を拭った里璃は、視線を手元で光る真紅の輝きに移し。

「得物? そういえばこの指輪、どういう意図があって「夜」は……って、うわっ!?」

 今頃になってある事に気づいた里璃は、自分の口を大慌てで塞いだ。

 これへ、ようやくこちらに向き直った「工」が深い溜息をつく。

「あ? なんだ? もしかして今頃気づいたのか? お前さんさっきから領主様の名前、気安く呼んでいたってのに。相手が俺だから良かったものの、でなけりゃ――って、おおうっ!!?」

「な、何でしょう?」

 話の途中でテーブルを一瞥した「工」、突然立ち上がってはよろけるようにして、自分が座っていた椅子の背もたれに手袋を置いた。

 つられて里璃がビクついたなら、もう片方の手袋が菓子皿を震える指で示す。

 クッキーやカップケーキが見る影もない、空っぽの皿を。

「お、お前さん……この皿の菓子、全部喰ったのか!?」

「え? ああ、はい。美味しかったので、つい。い、いけませんでしたか?」

「いや、悪くはないが……だ、大丈夫なのか? 結構な量だったと思ったんだが」

「えっと、はい、大丈夫ですけど。……というか、まだ何だか食べ足りないような感じで」

 指摘されて腹に手を当てた里璃は、未だ満腹を覚えない自分に首を傾げた。

 すると困惑した風体で太い眉を寄せた「工」が、髭を擦りさすり怪訝な顔で里璃を見やり。

「……お前さん、その首どうしたんだ?」

「え? え、と、これはその……」

 包帯が巻かれた首への注視に耐えかね、そこを隠すように手を翳した里璃は、どう答えたものかと視線を右往左往させた。

 たぶん、こちら側で善人に分類されても可笑しくない「工」ではあるが、まさか、ここから魔力が零れていくんです、と馬鹿正直には言えなかった。

 どう考えてもこの首は自分の弱点。

 明かす事には抵抗があった。

 加えて。

 な、何だか流れでこうなった経緯も喋っちゃいそうだし、「夜」ほど怒りはしなくても絶対呆れられるよね、

 比するに、弱点よりもこうなった理由の方が「工」には知られたくない。

 言い訳を探してなおも目を彷徨わせる里璃をどう思ったのか、訝しむ顔つきはそのままに、テーブルを迂回して近づいてきた「工」は、空色の瞳を細めて里璃の首元睨みつけた。

「増設器官の破損か」

「うっ。ひ、ひと目見て分かっちゃうんですか?」

「ああ、これでも結晶を扱う職人の端くれ、ある程度の予想はつくが……お前さんのその言葉で確証が持てた」

「げっ」

 弱点を晒して呻く里璃だが、暴いた「工」の顔はそれよりも増して険しくなる。

「お前さん……阿呆だろう」

「んなっ」

 断定される悪口に憤りかければ、じろりと厳しい空色の光が向けられた。

「いいか? 幾ら領主様付になって日が浅いって言っても、他人の言葉に一々素直に反応していたら、命が幾つ在っても足りないぜ? 今の俺の言葉さえ、からかい半分でかましてくる奴がいるんだ」

「う……はい。すみません」

 言われて尤もだと首を縦に振ったなら、再度困惑した表情が「工」に浮かんだ。

「それによ……その喋り方、何とかなんねぇか?」

「しゃ、喋り方、ですか?」

「おうよ。仮にも領主様のお付だぜ? 下々相手に丁寧な言葉を使おうとすんな」

「え、えっとそれってつまり……ど、どういう事でしょうか?」

「だーかーらっ! もっとこう、命令口調とかになんねぇのか!? たとえば、お前の喋り方が気に喰わん、直々に斬って捨ててやるからそこに跪け、とか」

 びしっと下を指差す「工」。

 里璃は口をへの字に曲げて、心底げんなりした顔つきとなった。

「どんな例えですか、それ。誰かに言われた事が?」

「いや、俺じゃねぇが」

「……げぇ、いるんだ、そんな人」

「いや、もういねぇよ。領主様の許しなく、領主様が懇意にしていた店の奴を殺そうとしたからな。しかも男だったせいで一瞬にして滅せられちまった。気の毒とは言わんが、消えて良かったとも思えんよ。明日は我が身と思えば尚更なぁ……」

「…………」

 しみじみ語る「工」に対し、里璃は男という性別への容赦ない「夜」の仕打ちを改めて実感、ただただ沈黙しか返せず。

 仕切り直し、脱線したと首を振った「工」は、今一度深く息をついて里璃を見る。

「ま、要するに、だ。お前さん、もう少し威厳やら何やら身につけろ。でなけりゃ、優男のナリでその喋り、領主様付って分かっても舐められるのが落ちだぞ?」

「や、優男……」

 「夜」相手ならまだしも、「工」にまであっさり男と認定され、里璃の中に複雑な思いが宿る。

 「夜」の所業に呆れる彼ならば、性別を偽る必要もないというのに、少しの躊躇もなく頭から信じ込まれては、訂正したところで笑い飛ばされてしまいそうだ。

 考えただけでも、正真正銘、女の里璃は心が折れる思いであった。

 当の「工」は、暗くなる一方の里璃の様子を優男の判定が気に喰わなかったのだと解釈、ガハハと豪快に笑い、彼女の肩をバシバシ叩いた。

「まっ、気にすんな、別嬪さん! 舐められたところで領主様のお付、どんなナリだろうとも、そう簡単にやられやしねぇって!」

「は、はあ……」

「それに、俺の可愛くも凶暴な悪童がお前さんを守ってくれるさ」

「えっと、それって」

「おう。その指輪のこった。使い方は領主様が教えて下さるだろうが、ソイツは中々の優れモンだぜ? お前さんのその首でも問題なく使える。なんせラトナラジュを模してある通り――」

「あ、あの」

「ああ?」

 自慢げに腕を組んで説明に入ろうとしていた「工」へ、おずおず挙手をする里璃。

「先程、「夜」――」

「じゃねぇだろ、呼び方。聞いていて冷や冷やする」

「ぅあ、す、すみません」

 すかさず訂正を入れられ、里璃の肩が小さくなった。

 これに荒い鼻息を出した「工」は、先を進めろと言うように顎をしゃくる。

「えっと、先程主も仰っていましたが、その、らとならじゅ? って何ですか?」

「ん?………………ああ、そうか! そういやヒトの世ってぇのは、共通の言語を扱わないんだもんな! 呼称が通じんでも当たり前か」

「え、ええ、まあ……」

 言われて首の包帯に軽く触れた里璃は、そう言えばとトヒテに教えられた事を思い出す。

 こうして普通に会話していると忘れてしまいそうだが、こちら側の言葉とヒトの世の言葉は全てにおいて違う。

 発声法にしても文字にしても、かなりの隔たりがあるという。

 では何故、里璃が会話出来るのかと言えば、屋敷内においては「夜」の従者であるから、という理由がついていた。

 「夜」の魔力で構成された屋敷なればこそ、何もしなくても従者たる里璃は言語に困る心配がない。

 ならば今、屋敷の外においてはどうか、そう問われたなら答えは「夜」が支配する区域だから、ではなく、包帯下のチョーカー痕があるから、が正しい。

 どちらも「夜」の影響を色濃く里璃へ及ぼすがゆえに。

 とはいえ、どちらの場合でも翻訳出来ない言葉は存在する。

 例えば里璃の名前。

 どの言語であろうとも「夜」と示される「夜」とは違い、彼女の名前はどこの誰が聞いても「サトリ」と聞こえる。

 ちなみに、こちら側の言語をヒトが解する事は出来ないが、こちら側からヒトの世の言語を解する事は可能で、意識さえすれば相手の言語に合わせて語る事も出来るという。

 要はこちら側の言語さえ覚えておけば、書くのは兎も角、あらゆるヒトと会話する事が可能だそうで。

 それなりに言語の勉強で苦しんだ憶えのある里璃は、こちら側の言語の在り様に、卑怯だと叫びたい心をぐっと押し込め、もう一度「工」へ問うてみた。

「あの、それでらとならじゅって」

「ラトナラジュ。ヒトの世のどっかの言葉で宝石の王という意味だ。ゆえにソイツは使用者からの魔力を当てにしない。ヒトがヒト以外を同等と思わないように、ソイツも同じ由来を持つ力以外を認めない。それでも武器だという意識から、使われる事は良しとしている。傲慢なんだよ、製作者に似て」

 この場合の製作者とは、指輪を作った「工」ではなく、結晶を作った「夜」の事だろう。

 彼の区域にいながら苦々しく吐き捨てる言葉を受け、分からないでもない里璃は表情を変える事も出来ず、別の気になった部分を訊ねた。

「えっと、武器だという意識って、生きているんですか、この指輪?」

 宝石の王と称されても頷ける輝きを前にして、武器と言われてもいまいちピンとこないが、それ以上にピンと来ないのが、どっからどう見ても無機物の指輪に生命が宿っているという点だった。

 万物には有機・無機関わらず、それぞれ魂が宿っている――という、その手の話は聞いた事があったものの、ヒトの世では単なる精神論で片付けていた。

 魔法を使うこちら側においても、その片付け方に代わり映えはほとんどなく。

 けれども「工」は事無げに頷いた。

 かといって、里璃を無知と笑うでもなく、淡々と。

「ああ。生きている。正確に言えば、領主様がお作りになった結晶部分が。もっと簡単に説明すれば、結晶が魂、指輪自体はソイツの身体ってとこか。だからといって、全部の結晶に魂が宿るってわけでもない。領主様並のお力を持つお方が、結晶に意識を望まれた時だけ宿るんだ。……つっても、結晶だからな。これで形代にでも入れたら自力で動けるんだろうが、そんな酔狂はそういねぇし、安心して武器として扱えばいいさ」

「へえ…………………………酔狂?」

 「工」の何気ない言葉に里璃の眉が小さく上がった。

 色は違えど似た輝きの結晶を身体に納めた形代は、「夜」の屋敷に数え切れないほどいる。

 だというのに、これを酔狂と評されて、平気でいられるわけがなかった。

 「夜」の従者である意識もさることながら、彼の形代・トヒテには常日頃から世話になっている。

 知らず知らず手が拳を象ったなら、刺々しい里璃の雰囲気に気づかない「工」が不思議そうな顔をして眉を寄せた。

「うん? 何だ、お前さん。酔狂とは思わんのか? 意識を持つほどの結晶だぞ? 形代の身体で自我は多少なりとも押さえられるだろうが、それでも膨大な魔力を内に秘めている。ヘタをすれば即・暴走。被害を考えたなら、そうそう傍には置けねぇぞ」

「…………」

 自身もそんな結晶のある店を表に構えているせいか、やけに実感の籠もった「工」の声音を聞き、白くなるほど握られていた拳が解れていく。

 だからとトヒテを怖れる気持ちが生じるでもない里璃は、いやに疲れた溜息を吐き出した。

 

 


2010/4/14 かなぶん

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