妖精の章 二十六

 

 憔悴の激しい泉がソファに寝かされて後。
 ちょこまか世話を焼くのは、ワーズではなく、フェイ・シェンである。
「はい、このタオルで汗を拭いてね。
 お水、飲めるかい?
 果物なんかも摂るといいんだけど、何か好きなのある?
 寒くはない?
 それとも暑いかな?
 少し休んだら、湯浴みするのも効果的だよ?
 腕はどう?
 まだ痛いかな?」
「あ、の、フェイさん」
「うん? 何かな、人魚……じゃなくて、ええと泉嬢だから……泉さん、とそうだ、僕の名前はフェイだけでいいよ? 確かに生きてきた時間は君より長いけど、年齢的には君の方が上だからさ」
「じゃあ、私も呼び捨てで」
「ううん。それは駄目。言ったでしょう? 年齢的には君の方が上なんだから。礼節は大事だから、ね?」
 言いつつ、あやすように泉の頭を小さく撫でるフェイ。
 一体どの辺が、年上に対する礼節なのか分からない泉は、苦笑を滲ませつつ。
「ええと、ワーズさんが何だか、凄く怖い笑顔を浮べているんですけど」
「? ワーズ殿が?」
 弱々しく背後を指差せば、そちらを向いたフェイが、食卓の前で腕を組んで見下ろしているワーズを見た。
 勝手知ったる他人の家――いや、店とでもいうのか、芥屋にある色んなモノを泉の前へ持ってくるフェイに対し、人間以外は無下に扱う店主が、良い顔をしないのは当然の事。
 加え、人間好きを豪語しては、その世話を嬉々としてやるワーズなのに、フェイはその役目まで奪っており。
「…………」
「…………」
 奇妙な沈黙が二人の間に落ちた。
 店先では、泉が座っていた位置に司楼が座り、心身共にダメージの大きかった竹平を、詳しい内容は分からないものの、元気付ける声が聞こえてくる。
 もっとも、人間時の司楼の声は、元気付けるには適さない、情熱を感じられない冷ややかなものであるため、言葉を重ねれば重ねるほど、竹平の気分は盛り下がるばかり。
 けれど、捨て置かれた状況をいい事に、泉は見当違いも良いところの感想を持った。
 竹平さん…………いいなぁ。いつの間にか、仲の良い同性の友達が出来て。
 彼より長く、奇人街にいる泉だが、友達、という位置にいる相手は、人間に限らずいなかった。
 クァンにしても「アタシとアンタの仲♪」とは言うものの、実際は唄い手を求める経営者だし、同じ齢の頃に見える史歩にしても「お前なんか敵だっ!」と言っては、猫を理由に白刃を向けてくる。
 シイは見た目からして友達と言うよりも「泉のお姉ちゃん!」の呼称通り、妹のようなものだし、緋鳥は「美味そうにございますなぁ、綾音様♪」といった具合で、泉を食べ物のカテゴリーに納めている。
 他、人狼の女にも知り合いはいるが、虎狼公社に住まう彼女らとの友情は、泉へ懸想するシウォンがいるため、望んだところでヘタに育めないだろう。
 クイとレン。
 泉と関わってしまったせいで、面会謝絶の長期療養を余儀なくされた彼女らの記憶は、今尚、鮮明であり。
 心配……しているだろうな、由香ちゃん。
 なんともなしに思い出すのは、元居た場所で、中学・高校共に、同じ学校どころかクラスになった、親友の事。
 中学一年の三学期という、中途半端な時期に転校してきた泉へ、最初に話しかけて来た彼女は、活発という単語が良く似合う傍ら、義理堅くもあった。
 それはもう、出会って当初、暑苦しいと泉が敬遠するほどに。
 奇人街に来てから、お人好しだとよく言われる泉だが、これは間違いなく、彼女の気質が知らぬ間に伝染していた結果だろう。
 なので、せめて彼女だけには、自分の無事を知らせたいと思い。
 …………そういえば、奇人街に来てから、どのくらい経っているのかしら?
 時間は停滞しているくせに、慌ただしい毎日の連続で、近頃、すっかり失念していた疑問が生じた。
 ――矢先。
「特に変わった様子はないけれど?」
「へ? え……ああ、ワーズさんの…………えぇええー……」
 戻ってきたフェイの不思議そうな面持ちを受け、先程までのやり取りを思い出した泉は、弱いという割に図太い神経を見せ付けられて絶句する。
 もう一度見やったワーズの顔は、口角を思いっきり引き攣らせているのに。
 フェイさん――じゃなかった、フェイって、司楼さんの話にしてもだけど……大物?
 呼び捨てで良いと言われたから、心の中で呼び捨てたものの、やっぱり「さん」付けした方が良いのでは、と泉は思い。
 そんな事を考えてしまったせいで、思い出した疑問をまた失念する羽目に陥ったとは知らず。

*  *  *

 全くワーズに泉の介抱をさせない理由を、フェイは自分のせいだろうから、と語った。
 威圧的に立つワーズを背景に、だいぶマシになった気分から、身を起こして座る泉の前で椅子に腰掛けつつ。
「泉さんは僕の姿を見て、どう思った?」
「ええと……その、鳥人には見えないなぁって」
 結局、司楼へは答えられなかった返事を、本人に告げたなら、フェイは「だよね」と苦笑した。
 人間でいうところの白目部分と瞳孔を黒とし、虹彩を金で染めた猛禽の瞳。
 赤と金で彩られた前髪は、飾り羽のような形を三枚ほど顔に掛けており。
 黒と茶と白が入り混じった猛禽の羽を髣髴とさせる、その他の髪は長く、後ろで一つに纏められている。
 身体つきは二次成長に差し掛かったばかりの、少しばかりひ弱なイメージを抱かせる少年のモノで、纏う衣は美麗な刺繍が施された、すらりとした濃紺の礼服。
 後ろが燕尾状に割れており、その真ん中から髪と同じ色の長い尾羽が出ていた。
 裾から覗く足は、前に三本後ろに一本、指が広がった鉤爪付の形状だが、厚手の白い包帯のような布に覆われているため、色は分からない。
 それでも、髪や瞳、尾羽や足を見る限りでは、確かに鳥人と言っても差し支えないフェイ。
 ――なのだが。
「あの……失礼に当たるようでしたら、申し訳ないんですけど…………嘴は?」
「うん、あと、肌の事、でしょう?」
 付け加えられた部分に、泉はおずおず頷いた。
 顔の造りは美少年と評しても障りのないフェイだが、泉の知る鳥人とは違い、下半分は人間然の鼻と口。
 蝋燭のように白い肌も羽毛に覆われておらず、人間と似た質感を見せており。
「でも僕は、列記とした鳥人なんだ。参るよね、自分の種族が見ただけで伝わらないって。けど、まあ、彼らにしてみれば、成功例らしいんだけど」
「彼ら?」
 肩を竦めるフェイに問えば、泉より幼い面差しの少年は、金と黒の色彩に、年季の入った憐憫を含ませた。
「僕の種、鳥人さ。ほら、さっき人狼の彼が口にして、だけど、聞けなかった名前があっただろ?」
「あ、はい」
「僕にはその血が色濃く引き継がれているんだってさ。だから、鳥人なのに、こんな姿でも成功例」
「はぁ……」
 多少皮肉げに語られても、要領を得ない泉に出来るのは、気のない返事だけ。
 フェイの言う通り、司楼が告げたと思しき種族の名は聞こえなかったが、その血が色濃く出ると何故、成功になるのかが分からない。
 それに……成功例って言い方、なんだか厭な感じだわ。
 思った事が顔に出てしまったのだろう。
 少しだけ眉を顰めた泉に気づき、フェイは依然として、ワーズの心情は推し量らずに、説明を続けた。
「端的に、分かりやすく言うとね、あの種族は奇人街の中でも特殊な位置に属しているんだよ。神格された種とでもいうのか。だから、普通の種じゃ、その名を口にすることも出来ないし、聞くことも出来ない」
「神格……ええと、それじゃあ、人間以外も?」
「うん、そう。今回は君と、そこにいる人間の彼だけだったから、人間だけって思うのも仕方ないけど。ちなみに人狼の彼が口に出来たのは、ワーズ殿が言っていたけど、彼が隠者を片親に持つため。隠者はあの種族から何の恩恵も受けていないから」
「恩恵?」
「うん。あ、呪いとも言うかな?」
「の、呪い……」
 真逆の意味を告げられ、混乱する泉を余所に、フェイは己の胸に手を翳した。
「で、僕が何ともなかったのは、成功例だから。鳥人はね、大昔にその種との交配で出来た子の末裔なんだ。って言っても、成功例は少ないから、普通の鳥人じゃ、やっぱり君たちと同じ反応をしてしまうんだけど。そのくせ、神格化した種から生まれたってだけで、他を見下すんだから、変な種族だよ、鳥人って」
 思わぬところで鳥人に対する知識を深めた泉は、自分の種を変だというフェイに目をぱちくり。
 すると自虐的な笑みを浮かべたフェイは肩を竦め。
「まあ、そのお陰で僕みたいに弱い奴が、成功例って事で、こうして生きていられるんだけど。鳥人って種は、自分たちの血に拘る余り、他種族との交配を認めていないんだ。何より、成功例を望むから近親婚が多くてね。僕の両親なんて双子だしさ」
「ふ、双子……?」
「そう。しかも、よく似た顔の。だから親子三人揃うと驚くと思うよ? 齢にしても今じゃ僕と大差ないからさ。……まあ、あっちはちゃんと嘴も肌も鳥人なんだけど」
「…………」
 フェイの語りを聞きながら、ふと泉は思う。
 彼は、普通の鳥人の姿に憧れているのではないか、と。
 理由は分からないが、言葉の端々、語る口調からは、そう窺うことが出来た。
「……血の濃さが成功例を生むわけじゃないんだけど、鳥人の多くはそう思っている。成功例として生まれたところで、あの種族みたいな力はないのに。いや、それどころか普通の鳥人より弱くなってしまうのに……神童(シンチョン)だ、って祭られたところで、何も出来やしないのに」
「シ?」
「うん? ああ。神童はね、成功例の中の成功例を示す言葉なんだよ。もしかしたら知っているかもしれないけど、鳥人は成功例、特に神童を種単位で保護するんだ。もし、神童に危険が及ぶようだったら……種を上げてその危険を叩き潰す。完膚なきまでに」
「だから、洞穴ごと?」
 司楼から得た情報を告げれば、猛禽の瞳が小さく揺れた。
 次いで苦笑、溜息がフェイから零れる。
「うん……彼らには、悪い事をしたと思っているよ。僕があの人に会いに行かなきゃ、関わらないでいられたんだから」
「…………」
 懺悔にも似た語り口に、泉の眉が僅かに寄った。
 あの人というのが誰を指すのかは知らないが、フェイが誰かに会いたいと思う事は、そんなにいけない事なのだろうか。
 確かに、洞穴ごと潰す鳥人は異様だと思うものの、絡んできたのは人狼が先。
 しかも、人間の腕力にすら敵わないフェイを、人間の腕力を遥かに凌ぐ人狼が、酒に酔っていたとはいえ、妙な言いがかりをつけて蹴ったのだ。
 その威力は、相当なモノだったはず。
 それに、もしもあの時、他に止める者がいなければ、フェイの命は失われていただろう。
 だというのに、フェイは巻き添えを食らった洞穴どころか、その人狼にまで後悔の念を抱いている。
 自分がそこにいなければ、と。
 ……何だか、モヤモヤする。
 釈然としない、漠然とした思いを抱く泉を知らないフェイは、気を取り直すように手を一つ叩き。
「で。ええと、どこまで話したんだっけ? ああ、そうそう。人狼の彼は隠者の血を引いているから、僕は成功例だから、それぞれ種名を口にしても聞いてもなんともなかった、までだったよね。と言う事は、次はワーズ殿の……て、そういや、僕も知らないな」
「じゃ、とっととそこから退け」
「わわっ!?」
 フェイが小首を傾げたなら間を置かず、ワーズが彼の襟首を掴み、椅子から引き摺り下ろした。
 凄惨と表すに相応しい笑みが座れば、移動を強要されながらも、比較的丁寧に離されたフェイが、黒い肩口を引っ張った。
「ワーズ殿! まだ話の途中なのに! 少しくらい僕に彼女を譲ってくれてもいいじゃないか!」
 クァンの店で聞いた類の、際どい台詞がフェイから吐かれれば、対象の泉は瞬時に顔を赤くし。
「煩いなぁ。何だってこのボクが、人間でもないお前なんかの言う事を聞いたり、願いを叶えてやったりしなきゃならないんだ? 第一、この子はボクのモノなんだから、今まで話す事を許してやったボクの寛大さに、まずは礼を言うべきだろう?」
 まるで、泉に関する全ての主導権を、ワーズが握っているような言い草。
 更に真っ赤になって絶句し、反論しかけ。
「なっ――」
「そ、そうだったのか……泉さんはワーズ殿の…………こ、これは失礼した」
 だがその前に、フェイが言葉を被せ、ワーズから手を離すと彼へ頭を下げた。
 ワーズが鼻を鳴らせば、上げられたフェイの顔が、にわかに赤く色づいており。
「っ、わ、ワーズさん! 変な言いがかりつけないで下さい! フェイも本気にしないで――」
「変な言いがかりって?」
「わ、本当に呼び捨てしてくれた」
「…………ええとぅ?」
 銃で傾いだ頭を小突くワーズと、何やら感動気味に両手を組み合わせたフェイ。
 てんでバラバラな反応に、どう対処すればと一瞬迷った泉は、先にワーズから片付ける事とした。
「……変な言いがかりは変な言いがかりです」
「だから、どの変が?……ああ、もしかして、人間でもないコイツの扱いが、言う割にいつもより物足りないって事かな? んー、それは仕方ないよ、泉嬢。君のご希望通り、殴ったり蹴ったりしたら、シン殿が死ぬし」
「はあっ!? な、なんで俺?」
 誰もそんな事言ってないし、望んでもいません!――と泉が言うより早く、いきなり話題に上がった自分の末路へ、店先の竹平が振り返る。
 これへ応えるのは、彼の隣に座ったままの司楼。
「ああ、そりゃそうでしょう。フェイ・シェンに手ぇ出したら、大抵、ソイツやソイツに近しい者は皆殺しですから。けど、芥屋の店主の地位は、さしもの鳥人でも臆するところですし、猫は論外。綾音サンはそんな猫のお気に入りですし、ここの隣に居る学者もヘタに突っつけない。出入りしている神代サンにいたっては三凶……となれば、ほら、もう殺される相手っていったら一人しか」
「さ、さらりと怖い事を言うな!」
 人差し指を天井に向けて「ね?」と、妙に可愛らしい仕草で同意を求める司楼に、青褪めた顔を強張らせた竹平が、茶の瞳に涙を浮かべて叫んだ。
 泉より若干年上の彼をここまで追いつめた男は、これを尻目に泉へ頷いてみせる。
「説明が人狼からっていうのが、苛立たしいことこの上ないけど、というわけで」
 納得した? と笑う赤い口。
 つられて頷きかけた泉だったが、元々の疑問を思い出しては、首をぶんぶん振った。
「そ、そうじゃなくて! その……ぼ、ボクの、っていうくだりの所です…………」
 段々しぼんでいく訴え。
 丸々口にすると恥ずかしい上に、ワーズが泉を指して「ボクのモノ」と言ったのはこれが初めてではない。
 ある意味とても今更な疑問を投げかけたと萎縮したなら、黒いシルクハットの下、闇色の髪に紛れる形の良い眉が盛大に寄った。
「んー? それのどこが、変な言いがかりになるんだい?」
 心底、分からないという声に続き、ガタガタ音を立てながら椅子を近づけるワーズ。
 膝にぶつかる直前で止まれば、伸びた白い手が泉の顎に掛けられ。
「君は最初から、ボクのモノだったでしょ?」
「…………………………ぇえ……」
 確認する言、それも絶対の確信を感じさせる断言の前に、泉は赤い顔のまま眼を白黒させた。
 意識しなければ気づかない美貌の横では、フェイがまたも自分のせいだと、店先で司楼に食って掛かる竹平を宥める姿があり。
 に、逃げ場、逃げ場が……ないっ。
 泉が芥屋で目覚めた経緯からみても、たぶんワーズの中で彼女は、最初から芥屋の従業員扱いだったのだろう。
 とすると、ボク(芥屋)のモノ(従業員)という彼の言い分は、変な言いがかりに当たらないのかもしれない。
 ――が。
「泉嬢?……君は、自分が誰に所有されているかまで、忘れてしまったのかい?」
 ワーズさんっ、ほ、他に言い方はないんですか!?
 とてつもなく返事をし難い言葉を受け、泉の口が真一文字に結ばれてしまう。
 真っ赤に染まった顔は茹蛸そのもの。
 混乱の動揺に潤むこげ茶の瞳は、うっそり笑む混沌に苛まれたまま。
 ここで誰かが冷やかしたり引いたりしてくれれば、有耶無耶で終われるところなのに、少年三人は向こうで口論しており。
「答えて、泉嬢」
「!」
 歪なのに優しげな声音に合わせ、顎から頬へと移動する手の平。
 ひんやりした温もりに頭まで鼓動が伝わったなら。
「君は、誰の、モノ?」
「わ、私は……」
 改めての問いかけに、右往左往する眼。
 咎めるように頬を撫でられては、細められた混沌の瞳に、両手が知らず知らず胸の前で軽く握られた。
「わ、私、私は――」
「ボクのモノ、でしょう?」
 被せるように、またも断言された。
「は…………………………はぃ……」
 他にどう答えろというのだろうか。
 小さく眼を伏せ頷けば、恐る恐る上げた視界に映る、ぞっとするほど妖艶な微笑。
 魅せられた泉の息が詰まった。
 と、頬に宛がわれた手は上へと移動し、結い上げられた髪形を崩さぬよう、彼女の頭を緩やかに撫でる。
 やがて、ゆっくりと手が離されたなら。
「っ、ん…………………………はぁぅ……」
 余程緊張していたのだろう、弛緩した身体から、喘ぎにも似た吐息が零れ落ちた。
 合わせて、泉の腕がだらりと降りれば。
「そうそう、ボクに種名が効かないのはね、ボクが芥屋の店主だからなんだ。だから、猫にも効かない。んでもって、ボクが君らに痛みを与えたのは、そうしなきゃ君らが消えてしまうから。自分はここに居るって意識を強く持たないと、あの種の名前に気圧されて、存在自体が消えちゃうんだよねぇ」
 今し方のやり取りをすっかり忘れた風体で、しみじみへらへら語るワーズ。
 ついでに述べられた言葉により、激痛の意は知れたが、現実味のない話に怯えられるはずもなく。
「…………」
 じと目で泉が睨んでも、黒一色の男は「そういえば、喉が渇いたね。お茶でも淹れようか」と席を立ってしまう。
 ふらふらした背中を見送った泉は、再度、溜まった熱を吐き出し、新鮮な空気を打ちに取り込んだ。
 何だか遊ばれた気分……一人だけ、意識して…………馬鹿みたいだわ、私。

 それでもしばらくは巡る熱に悩まされ、こげ茶の瞳にちょっぴり涙が浮かんだ。

 

 


UP 2009/9/1 かなぶん

修正 2010/1/21

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